組織を脅かす現実
現在、企業は以下の理由により、「人の幸福」という一見曖昧で利益とは無関係に思えるテーマに向き合わなければならない。
①人材獲得という名の戦争
近年、学生たちは企業のサステナビリティやパーパス(仕事の意味・意義)を、給与や事業内容と同じくらい重要な選択基準にしている。これからの社会の主役となるZ世代では、「会社に合わせて働く」という20世紀型の労働観が完全に崩壊し「自分の価値観に合う会社で働く」という全く新しいOSが、社会のスタンダードになりつつある。
②イノベーションの枯渇という病
イノベーションが生まれない原因は、組織に「心理的安全性」が欠如しているからである。心理的安全性とは「チームの中で対人関係のリスクをとっても安全だと感じられる状態」と定義される。メンバーが互いに信頼し、尊敬し合っているからこそ、高い目標に向かって活発に意見を戦わせ、リスクを恐れずに挑戦し、たとえ失敗してもそこから学び、共に成長することができる。
③静かなる退職という経済損失
静かなる退職とは、社員が実際に退職届を出すことではない。社員が「会社に籍を置きながら、仕事への情熱や貢献意欲だけが会社を辞めてしまっている」状態である。契約で定められた業務は最低限こなすが、業務範囲以外の仕事には一切関わろうとしない。「頑張っても、どうせ無駄」と心を閉ざし自らを守るために省エネモードに入ることで、本来のパフォーマンスが低下してしまう。
上司からの過度なプレッシャー、同僚とのコミュニケーション不全、正当に評価されない不公平感などが、従業員のエンゲージメントを奪い「静かなる退職」へと追い込む。
④ESGという世界の潮流
企業の価値を「利益」や「売上」といった財務諸表の数字だけで判断する時代は終わった。環境、社会、企業統治の3つの観点を重視して長期的な視点で投資先を選ぶ「ESG投資」は投資の世界のグローバルスタンダードになった。
長時間労働やハラスメントが横行する企業は、短期的には利益を上げられても長期的には必ず破綻する。人材は流出し、評判は地に落ち、イノベーションは枯渇する。そのため、投資家は「従業員の幸福」に注意を払っている。
ウェルビーイング経営とは
組織を脅かす現実に対する最も根本的で効果的なアプローチこそが「ウェルビーイング経営」である。ウェルビーイング経営は「モノ」の提供ではなく、社員1人1人が自らの内側から持続的な幸福感を育んでいけるような「仕事そのもののあり方」と「組織の文化」を根本からデザインし直すことに他ならない。
人間が持続的なモチベーションと幸福を感じるためには「給与」や「快適な環境」といった外的報酬だけでなく「内発的動機づけ」こそが重要である。その内発的動機付けは次の3つの「基本的な心理的欲求」が満たされる時に喚起される。
- 自律性:自分の行動を自分自身で選択・決定したいという欲求
- 有能感:困難な課題を乗り越え自分が有能であると感じたいという欲求
- 関係性:他者と尊重し合い受け入れられているという温かい人間関係を築きたいという欲求
ウェルビーイング経営が目指すべきは、従業員1人1人が仕事の中で「持続的な幸福」を自ら見出し育んでいけるような「職場環境」と「仕事そのもの」をデザインすることである。
- 自律性:社員に裁量権を与え「自分で決める」という満足感
- 有能感:少し難しい仕事に挑戦させ「できた!」という成功体験
- 関係性:最高のチームを作り「この仲間と一緒でよかった」という連帯感
- 存在意義:会社のパーパスと仕事をつなげ「この仕事には意味がある」という貢献感
これらを意図的かつ戦略的に設計することが、ウェルビーイング経営の神髄である。
ウェルビーイングの構成要素
「持続的な幸福」の構成要素を、具体的に組織の施策に落とし込むためのフレームワークが「PERMAモデル」である。あらゆる施策について、以下のどの要素を高めるためのものかを自問することが大切である。
- P:ポジティブ感情という組織の栄養素
組織の中では「ありがとう」という言葉が役職に関係なく飛び交う感謝と承認の風土を育む。 - E:エンゲージメントという「働きがい」の源泉
社員1人1人の「強み」を把握し、その人に合った最適な挑戦の機会を提供する。 - R:ポジティブな人間関係という最強のセーフティネット
組織として「何を言っても大丈夫」という心理的安全性を全てのチームの文化として根づかせる。 - M:意味・意義という困難を乗り越える力
企業の「パーパス(存在意義)」を社員の心に響く言葉で定義し、日々の業務がその壮大な物語にどう繋がっているかを繰り返し語り続ける。 - A:達成感という次なる挑戦へのエンジン
リーダーは、部下が高い目標を掲げることを奨励すると同時に、それを達成可能なステップに分解するのを手助けする「コーチ」としての役割を担う。