経済安全保障上のリスクの顕在化
医療物資や半導体のサプライチェーン寸断、基幹インフラを標的とするサイバー攻撃、トランプ政権による関税、中国からの経済的威圧、ホルムズ海峡の封鎖など、経済安全保障上のリスクは面として日本企業に迫っている。背景には、経済・技術・軍事面における米国の相対的地位の低下と深刻な国内分断、そして米中間の戦略的競争の激化といった構造変化がある。
グローバル化と技術革新によって深化した国家間の相互依存は、平時には効率性や利便性をもたらした。しかし、覇権国なき多極化時代において一度国家間の対立が生じれば、この相互依存による結び付きは関税、輸出規制、投資規制、海上交通路の封鎖、デジタル空間上で接続されたインフラへのサイバー攻撃といった手段の標的となり得る。
経済合理性は、企業経営における不変の規律である。しかし、この単一の基準だけでは、事業の持続性や国民の安全を担保できない。コスト効率や収益性を重視したサプライチェーン構築は企業レベルでは合理的だが、その積み重ねが国単位で特定国の物資や市場への依存を高め、脆弱性を悪用される状況をもたらし得る。
日本の経済安全保障の考え方
地政学リスクの高まりと、その対応としてサプライチェーンの強靱化や重要技術の流出防止を国家戦略として進める動きは、日本政府も2022年に制定した「経済安全保障推進法」を中核に進めている。この背景には、これまでの「市場メカニズム」や「グローバル化」への信頼を根底から揺るがす2つの深刻な懸念があったからだ。
- コロナ禍で露呈した重要な物資のサプライチェーンの脆弱性
- AI、量子計算などの重要技術や情報の投資や人の移動による国外流出
こうした事態は、リスク管理を市場に委ねるのではなく、産業界とも連携しつつ、政府が戦略的かつ積極的に関与すべきだと考える契機になった。
日本政府は経済安全保障に不可欠な要素として、次の2つの概念を戦略の両輪に据えている。
①戦略的自律性
国民生活や経済運営の「急所」となる重要物資や基幹インフラを中心として、他国による経済的威圧やサイバー攻撃、パンデミック、地域紛争の発生時に致命的な混乱に陥らないよう、あらかじめリスクを評価し、リスクに応じた耐性を高めておくという考え方。
②戦略的不可欠性
日本の技術力や産業競争力を維持・強化することにより、グローバルサプライチェーンの中に「日本なしでは成立しない領域」を戦略的に創り出していくという概念。
経済安全保障の政策体系
経済安全保障に関連する多様な施策を理解する際に有用な視点となるのが、経済産業省が提唱する「3P」である。
①Promotion(促進)
重要物資の供給網を強化すると共に、先端技術の国際的な優位性を高めることを狙った政策群。そのために、設備投資や研究開発への支援が講じられている。
②Protection(保護)
外部の脅威から重要な技術、情報、基幹インフラ、さらには土地などを守り、国益の毀損を防ぐための政策群。軍事転用可能な機微技術の流出を防ぐ特許出願の非公開制度や外為法、不正競争防止法、セキュリティ・クリアランス制度、能動的サイバー防御関連法などの整備が進められている。
③Partnership(連携)
官民の対話はもとより、同盟国・同志国、さらにはグローバルサウスとの多層的な協力関係を深めることで、一国では解決し得ない経済安全保障上の課題に対処している。
日本企業に求められる姿勢
日本が経済安全保障の取り組みを強化するには、企業の意識改革が欠かせない。国家が弱体化すれば、企業の成長や存続にも負の影響を及ぼしかねない。
企業がやるべきことは「経済安全保障に基づくリスクマネジメント」で、目的は「企業の存続」である。取り組むべきことは「サプライチェーンの強靱化の確保」と「情報保全」の2つである。
経営の意思は「経済合理性」という便利な言葉で決まる。経済合理性は主に「収益性」「成長性」「安定性」という3つの指標で示すことができ、財務諸表から数字を算出できる。しかし、持続性という長期的な要素は、財務諸表から導くことはできない。今の経営には、数字に表れない持続性と経済合理性のバランスを取ることが求められる。
企業内でのインテリジェンスが経営陣に財務指標(経済合理性)と非財務指標(持続性)が二項対立的な選択肢にならない形で情報を入れることができると、企業は多角的な意思決定ができるようになる。持続性の観点が企業に浸透すれば、経済安全保障に基づくリスクマネジメントが定着し、技術流出を防ぐこともできる。