量子力学とは
私たちの世界は、大まかに言えば「物質」と「光」の2つによって成り立っている。物質と光は、ミクロな世界での振る舞いに目を向けると、驚くほど共通点がある。例えば、光は粒子のようにも振る舞い、逆に電子などの粒子は波のようにも振る舞う。これら「粒子」と「波」の性質を併せ持ったものを「量子」という。この二重性を基盤とし、ミクロの世界を統一的に説明する自然界の最も基本的な物理法則が「量子力学」である。
ミクロな世界では、粒子はある一点に存在するのではなく、空間に広がりを持った「重ね合わせ状態」として存在する。重ね合わせ状態を表現するために、粒子の広がりの分布を表す波動関数を用いる。この波のような関数は、時間が経つにつれてシュレーディンガー方程式というルールに従って変化し、粒子は波としての性質を持つようになる。
粒子は観測をするまでは波動として空間に広がりを持って重ね合わせ状態として存在し、観測するとある1点に粒子の位置がランダムに定まる。量子力学を理解する上で「ランダム」という考え方は重要だ。これは原理的に誰にも予測ができない、結果が決まっていないという状況だ。
ミクロの世界を支配する量子力学の理解は、現代のテクノロジーを支える多数のイノベーションを生み出した。1980年代から1990年代にかけて、量子通信や量子コンピュータなど、量子の性質を積極的に応用するという大きな流れが生まれ、量子情報科学が誕生し現在に至る。
量子コンピュータの仕組み
物理学の視点を取り込んだ計算は、AIや量子コンピュータといった新たな計算のパラダイムを生む。そこで重要となるのが、「情報」とそれを表現する「物理」との対応関係である。
現在使われているコンピュータでは情報を「0」と「1」のビットという単位で表し、それらの足し算や掛け算を使って計算を行っている。例えば、コンピュータの中では、電気が流れている状態を「1」、流れていない状態を「0」に対応させビットを表している。コンピュータは、電気のスイッチを高速でオンオフすることで、ビットを変化させ計算を行っている。
このようなビットは、必ず「0」か「1」のどちらか一方の状態を選ばないといけないが、量子力学では「0」とも「1」とも決まっていない、重ね合わせをとることが許されている。量子ビットは「0と1を同時に表せる」ことで、測定をするまでは「0」と「1」の可能性が両方とも残されている。
量子ビットは、「0」や「1」の可能性がどれくらい大きいか、小さいかということをアナログ(連続的)に表すことができる。測定した時、この可能性の大きさに従って、ランダムに「0」や「1」を同時に表せて、それらの可能性を連続的に変化させることができる。この特徴が量子コンピュータの計算速度を格段に上げている。
6桁のビットの計算をする場合、古典ビットは「000000」から「111111」までのどれか1つしか表すことができないため、すべての組み合わせを試す場合は、1つ1つ計算していく必要がある。量子ビットは1回で64パターン全てを同時に表すことができる。しかし、それぞれのパターンの可能性は小さく、そのまま測定するとデタラメな結果になってしまう。そこで、量子力学の世界の干渉を用いて、可能性を変化させることで、特定のパターンの可能性を強める。この結果、1つ1つ試すよりも圧倒的に少ない手数で答えを見つけられる。
量子コンピュータ実用化への動き
今では、量子コンピュータが、得意な種類の問題で古典コンピュータを上回るという量子超越は当然のことと考えられつつある。2024年にGoogleは100量子ビットを超える量子コンピュータによる量子超越実験を発表しており、スーパーコンピュータを用いても10の25乗年かかると結論づけている。
生成AIによって認識されたように、スーパーコンピュータや量子コンピュータなどの計算能力を保有することは、経済力や軍事力に大きな影響を及ぼす「計算資源」を持つことを意味する。量子コンピュータは世界で多数稼働しており、国産量子コンピュータも2023年以降、複数が稼働し始めている。
一方、本命の量子コンピュータのキラーアプリについては、まだ混沌としており、はっきりとした見通しが立っていない。2023年には、量子コンピュータが「実用フェーズに入った」という報告がいくつか見られたが、それはビジネス的な価値ではなくあくまで学術的な意義に基づくものである。
今後注目すべきは、ハードウェアの技術的進歩に裏付けされたビジネス価値のあるアプリケーションについて、中長期的なロードマップをどれほど具体的に描けるかという点だ。それと同時に、誰もが予想していない量子コンピュータの新たな使い方の発見も注目される。