なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想

発刊
2025年11月17日
ページ数
208ページ
読了目安
232分
推薦ポイント 2P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

推薦者

伝統工芸の価値を再発見する取り組み
「使うほどに味わいが深まり、経年によって愛着が増す」という伝統工芸品の価値観を発信し、事業を展開するZ世代の起業家が、伝統工芸の思想と魅力を解説している一冊。

古き良き日本ではなく、新しい思想として、現代において見直される伝統工芸の本質とは何か。伝統工芸の課題や現実、これからの未来について語られています。

「経年美化」の思想

アメリカの大学に留学したが、ITの本場で勝負しても勝ち目がないと悟った。ITがダメでも別の道はないかと考え、大学の教授に教えてもらったLVMHグループのビジネスに刺激を受け、そこからヒントを見出せないかと考えた。彼らはヨーロッパの文化を巧みにマネタイズしながら世界にインパクトを与えていた。

「文化を扱う」という点では、日本は諸外国に勝るとも劣らないユニークな文化を持つ。ある日、大学の課題で新規事業を考えてピッチすることになり、「日本の消費のあり方を広めるビジネス」というプレゼンをした。日本の伝統工藝を引き合いに出し、「使うほどに味わいが深まり、経年によって愛着が増す」という価値観を紹介した。つまり、「経年劣化」ではなく「経年美化」である。するとその考え方は、最先端の思想を学ぶアメリカの学生たちや教授に驚くほど強く響いた。工藝は「古き良き日本の文化」ではなく「新しい世界の思想」として受け止められた。

 

経済性の追求のみでは環境が破壊され、環境の優先のみだと経済性が伴いにくい現代において、こうした日本文化の価値観には、その二項対立を乗り越えるためのヒントが眠っている。日本の伝統工藝をネットリサーチしてみるだけでも、予想以上に現代的で素晴らしいデザインや、超絶技巧の工藝品が多数あることを知った。これらを通じてなら大切なモノと向き合う「経年美化」の価値観と共にアメリカで広められると確信し、KASASAGIを創業した。

 

「美しい」とは何か

取引をお願いしたい工房を訪ねて回る全国行脚を続けた。特に注目したのは、現代のライフスタイルに即したモダンな工藝品だった。実際に作り手側でも、これまでのアウトオブファッションな工藝品ではダメだと考えた多くの職人さん達が、日本各地で革新的なデザインの工藝品を作り、新たな販路開拓に励んでいた。

そこで、そうした工藝品を中心に国内最多の取り扱い品目数を誇る通販サイトをオープンした。しかし、この最初の通販サイトは鳴かず飛ばずだった。「若者の感性で選んだおしゃれな工藝品を買える通販サイトがあれば、絶対にイケる!」と考えていたが大誤算だった。その理由は主に次の通り。

  1. 納期の長さと取引条件:在庫を持たない委託販売方式を取ったため納期が長く、贈答品などに対応できなかった
  2. おしゃれなだけの工藝品はいらない:おしゃれなだけならもっと安価に買えるモノがある

 

工藝品への向き合い方は、目に見える部分からアプローチしてばかりいた。しかし、その背後にある思想や美意識への眼差しを欠いては、ここより先には進めない。工藝の美しさとは、モノ単体で完結する話では決してなく、それが生まれた環境や素材の自然の美、また器ならばそこに載ってくる料理や、隣り合う器との関係、食の場の環境など、相互の関係性の中からも生まれるものだと実感した。

工藝品の美しさの説明として最も腑に落ちる表現は、岡倉天心の『茶の本』にある「傑作には、人の心の温かな流れが感じられるのに対して、凡作には、ただ、形ばかりの表現しか見当たらない。現代の芸術家は、技術に溺れるあまり、滅多に自身を超えるということがないのだ」という言葉だろう。

工藝品は、直接手で触れ、日々の暮らしに取り入れることで、五感を使って美を感じることができる性質がある。そして、作り手の感覚がモノを通して受け手に伝わる時、言葉にできない「モノの温かみ」や、職人さんの配慮、心も感じられる。

 

工藝の豊かさを伝える

日本の伝統工藝の現場に目を向けると、厳しすぎる現実があるのも事実だ。伝統工藝品産業界の従事者は約48000人、生産額は1050億円。1人当たりの生産額は220万円弱となる。そこからコストを引くと、1人分の生活費にもならず、職人さん達はギリギリの状態だ。

工藝品を「正しく届ける」ということは、長い年月をかけて技術を継承してきた先人の職人さんに敬意を払い、今その役割を担う職人さんの尊厳を守り、こだわりや情熱を捨てずにものづくりができる環境を共につくることだ。

 

起業時に主軸と定めた「どこよりも魅力的な伝統工藝の通販サイト」は多くの課題に直面していた。しかし、職人さんを訪ねて全国行脚し、現場で教えてもらったことが新たな事業展開のヒントをくれた。まず挙げられるのがギフト事業。工藝品は縁起物、贈答品としてのニーズが高い。そこで引き出物卸会社と一緒にカタログギフトを作った。

さらにクライアントとのご縁から、伝統工藝の魅力を現代のオフィス空間などに活かす仕事が生まれた。伝統工藝の職人さんたちの技術を、現代のホテル、飲食店、住宅などの建材や内装に応用し、豊かで心地良い空間を生み出す空間プロデュース事業だ。

 

工藝の豊かさは、個々のモノだけでなく、産地、素材、技法、さらには土地や空間、そこにいる人などとの関係性から生まれる「総合の美」なのだ。