好きなことで生きていくために必要なこと
好きに生きるのは簡単ではないなんとなく選んだ看護師の道は「どんな困難を乗り越えても続けられるか」という覚悟が足りず挫折。フワッとした打算からの選択では、厳しい現実を目の前にした時、心の奥底からの原動力にはならなかった。一方で「好き」で始めたインフルエンサー活動も収益化できずに続けられなかった。どれだけ楽しいと思えても生活を支えるほどの収入源にはならなかった。
好きだから続けられるというのは半分は真実だが、残りの半分は「誰かに必要とされるかどうか」で決まる。どれほど自分が夢中になっても、相手にとって価値がなければ収入にはならない。ビジネスが成り立つのは、誰かの課題を解決した時である。「誰かの役に立つ」という外部の視点を持った時、「好き」は変化する。自己満足から貢献という意識が芽生え、「好き」が使命になり、続けるためのモチベーションになる。
福祉の世界へ
インフルエンサー活動が思うような成果につながらなかった頃、積極的に色々な人に会いに行った。そこで出会ったのがコンサルタント網谷洋一さんだった。網谷さんのカバン持ちとして、数ヶ月、基礎の基礎を教えてもらった。その後、看護学校で学んだ知識が多少あるのと、修行としてはちょうどいいからと、就労継続支援施設で従業員として働き始めた。
就労支援施設は、障害や病気などの理由で、一般企業での就職や継続的な勤務が難しい人に働く場と訓練の場を提供する、福祉サービスの1つである。生活の補助だけでなく「働くことを通じて社会参加を実現する」ことが大きな目的である。事業モデルは、次の2本柱で成り立っている。
- 行政からの給付金:施設利用者1人当たりに対して国や自治体から支給される
- 自主事業による収益:施設自ら内職作業や清掃、リサイクルなどの請負事業を行い収益を上げる
実態ある取り組みと成果の見える化が求められる業界で、給付金目当ての経営では長続きしない。一般企業と同じように事業としての収益性も不可欠である。
スイーツ × 福祉
就労支援施設を立ち上げる場合、多くは「福祉事業を軸に参入する」ケースが一般的だった一方で、「既存の事業×福祉」という掛け合わせ型の参入が増えている。パン屋や菓子製造、農業、HP作成といった、作業工程を分けやすい業態が中心で、自社の強みを活かしながら福祉事業を展開するのである。
入社した施設もこの「掛け合わせ型」の1つで、街のケーキ屋が製造工程の一部を福祉施設に切り出したものだった。お菓子作りの現場には、混ぜる、計量する、袋詰めする、ラベルを貼るといった細かく分業できる作業が多く存在する。これを利用者の仕事として取り込んだ。
街のケーキ屋が福祉事業に参入するには事情がある。コンビニやスーパーとの競争激化、原材料の高騰などによって、街の洋菓子店は年々数を減らしている。ここで洋菓子店が選べる道は「人件費を削る」「高級路線に舵を切る」「新しい販路を開拓する」という3つ。
「卸」に活路を見出すケーキ屋は存在する。カフェやレストランで提供されるケーキの多くは、外部の洋菓子店から仕入れているケースが少なくない。街のケーキ屋だった社長は、そこに着目し、店頭販売と卸販売の2本立てでリスク分散しようと考え、「福祉との掛け合わせ」という発想につながった。
ケーキ屋にとっては人手不足を解消でき、福祉施設にとっては利用者にやりがいのある仕事を提供でき、採算性も向上する。1つの課題だけを見ていると解決の糸口が見えなくても、複数の課題を掛け合わせることで、より大きな解決策が生まれることがある。福祉とスイーツという全く異なる世界を掛け合わせることで、双方の課題を同時に解決する道を見つけた。
売上をつくる
日中は福祉施設で働き、夜はパティシエの修行を重ねる二重生活が続いた。福祉施設で働き始めて1年が過ぎた頃、街のケーキ屋でもある福祉事業の社長が体調を崩し、福祉事業を離れる決断をした。そして、深く考えもせずに自分がやると手を挙げた。手を挙げなければ、利用者さんやスタッフは居場所を失ってしまうかもしれない。2024年、前社長の後を継ぎ、共同代表という形で会社を引き継ぐことになった。立ち上がってまだ年数が浅かった事業所は、毎月の赤字を抱えていた。
当時の業務は、前社長の洋菓子店の下請けという形だったが、社長交代によってその取引がなくなってしまった。最初に取り組んだのは小さな焼き菓子スノーボール作りだったが、会社の収益を支えるにはほど遠い状況だった。とにかく仕事を取ってくることが最優先で、少しずつ販路を広げていった。地域各所や百貨店での催事出店、全国有名カフェ、大手企業の来場記念品、チェーン展開している居酒屋やバーのデザートとしての卸売。さらには給食会社からもおやつに使いたいと依頼をもらうまでになった。