熟達に至る道のり
誰もが何らかの分野で、優れたスキルを身につけることができる。だが、達人になるには、これと決めた道を脇目も振らずに邁進する必要がある。それは長く厳しい道のりで、多大な努力を要するし、多くの挫折も経験する。しかし、熟達を目指して進むことには、それ自体に報いがある。確かな手応えがあるし、人間の根源的ニーズを満たしてくれることでもある。
達人であるかどうかは、分野や扱う対象によってではなく、そこに到達するために何をしなくてはならないかによって決まる。熟達に至る道を考える上で「徒弟制度」は有効な枠組みだ。徒弟制度には次の3つの段階があり、これは分野を問わず熟達を目指す人にとって、今でも有効な道標だ。
- 見習い
その仕事について何の知識も経験もない段階。親方の仕事場で行われているやり方を見よう見真似で学ぶ段階。 - 職人
一人前の専門家として歩み始めた段階。親方の仕事場を離れ、自分の拠点を探し始める段階。
仕事の結果に自らが責任を持ち、失敗したらその後始末をしなくてはならない。経験を積み、スキルの幅と深みを増しながら、個性を育んでいく。 - 親方
自分の仕事場を構え、人を指導する立場になる段階。自分の知識と専門的能力を次の世代に伝え、彼らを見守り育てていくことになる。さらに自分が身を置く分野全体に対して責任を感じたり、その分野を新たな方向へと導く活動に乗り出すこともある。
見習い:意味がわからなくても繰り返す
何かを始めたばかりの時、仕事は学ぶことだ。先人たちの世界に入っていき、彼らのやり方を身につける。仕事の結果に対しては、彼らが責任を持ってくれる。
①ひたすら繰り返す
この時期、関心は自分自身の知識や技能に向けられる。既に確立されているやり方から逸脱することや新しい方法を試すことは許されていない。役目は型に従うことであって創意工夫ではない。仕事は単純な繰り返しが多く退屈で、なぜこんなことをしているのか、意味がわからないことさえある。
②感覚を研ぎ澄ます
その世界に慣れ、徐々に自分の居場所を見つけられるようになる。そこで物事がどう動いているのかも見え始める。自分の仕事を手や身体だけでなく、心と感覚でも経験するようになる。
③空間を整える
仕事で必要な材料や道具を体系立った方法で扱うようになる。料理人の言う「ミザン・プラス(準備)」だ。それと同時に、仕事で関わる人々に対する気配りもできるようになる。
④失敗を経験する
これまでは失敗しても誰かが注意してくれて、正しいやり方を教えてくれたが、そんな安全な環境は少しずつ遠ざかり、失敗したら自分で後始末しなくてはならなくなる。
職人:他者に意識を移し、自己を確立する
このあたりまで進むと、自立する時が近づいてくる。自分の仕事と、その仕事がどう受け取られるかに責任を持つようになる。「見習い」から「職人」への移行には、2つの重要な変化が含まれる。
①自分から他者へ
それまで自分に向けていた意識を他者に移す。そもそも仕事は他者のために行われる。仕事には、どこかに必ずそれを受け取る人がいる。この段階では、注意を向ける先を自分から他者へ移すことが求められる。
②自分の声を育む
誰かの仕組みの一部ではなく、自らの力で専門的な仕事を創り出す存在になる。外から見えるスタイルと共に、内なる自己像を確立していく。自分を貫き、アイデンティティを確立する責任もこの段階で生まれる。そのためには、技量に対する自信と、自分という存在を信じる力の両方が必要になる。熟達者としてのアイデンティティを育む一方で、誰のために仕事をしているのかを常に意識する。
③即興を学ぶ
2つの変化と並行して進むのが「即興を学ぶ」というプロセスだ。この段階になると、仕事の成否に責任を持ち、予期せぬ出来事にも対応しなくてはならない。同時に職人には自由もある。新しいアイデアを発展させ、既存の方法を改善し、作品やパフォーマンスに自分の名前を書き込むことができる。
熟達への歩みにおける最も創造的な飛躍は、予期せぬ事態に即興で対応する時、偶然の気づきから生まれることがある。
親方:さらにその先へ
達人と呼ばれる存在になったが、そこからさらに先に進み、自分の分野を捉え直し、全く新しい方向に導こうとする人もいる。
①新たな道を拓く
自らの専門分野のあり方そのものに問いを投げかけ、その分野を定義し直し、新しい方向に向かう。この概念的跳躍を成し遂げるには、専門領域の外に出る機会と、異なる世界をつなぐ可能性を想像する洞察力が必要になる。
②伝える
自分の専門能力を他者と分かち合い、その成長を助ける。ここで再び「自分から他者へ」という視点の転換が求められる。人に伝えようとすると、自分の思考そのものを問い直さざるを得なくなる。自分の知識やスキルを言語化し、他者が理解できる形に凝縮しなければならない。