人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学

発刊
2025年5月25日
ページ数
216ページ
読了目安
223分
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人はどのように思考するのか
「人はどのように思考するのか」をテーマとする認知心理学を長年にわたって、慶應大学で講義してきた著者が、その講義のエッセンスをまとめた一冊。

人間が思考する仕組み、AIと人間の思考プロセスの決定的な違いなどがわかりやすく解説されており、AI時代に人はどのようにして生きれば良いのか、そのヒントを与えてくれる内容になっています。
人間がどのように世界を捉え、物事を思考するのかについて学ことができ、現在のAIの問題などへの理解が進みます。

スキーマがあって初めて、高度な思考が成り立つ

人は推論や問題解決の文脈では、論理に従うというよりも、目的や文脈に依存したスキーマを用いて考えがちである。スキーマというのは、経験を自分で一般化・抽象化してつくった、暗黙の知識のことである。人が無意識に持つ知識であり、知識の枠組みでもある。実用スキーマというのは、そのスキーマの中でも日常の経験に関連するものを指す。

私たちは多くの場面で、論理的思考よりも実用スキーマを使って判断するが、「自分がスキーマを使っていること」に気がついていない。スキーマを使っていることに気づかず、スキーマのフィルターを通して情報を選択し、行間を埋めて理解し、記憶している。確証バイアスは、このスキーマが働いている結果でもある。

 

私たちが何かを理解するためには、スキーマを使って行間を埋めるということが不可欠である。なぜなら言語は、世界に存在する情報を大幅に圧縮し、切り取ったものだからである。言語によって大きく減らされた情報を復元するためには、圧縮されて切り取られた部分を、自分で埋めてつなげていくしかない。そして、スキーマがなければ行間を埋めることができないのである。また、スキーマがなければ記憶も困難である、なぜなら理解ができなければ、記憶もできないからである。人間は何かの言語情報に触れると必ず意味を理解し、その意味を記憶する。そのため、意味がわからなければ、記憶もできない。

 

人間が知識を創り出すメカニズム

人間の情報処理能力や記憶力には限界がある。その制約を乗り越えるために、思考の仕方を進化的に発達させてきた。そのため、人間の思考スタイルは、動物やAIとは異なる。

人間はスキーマに頼った「アブダクション推論」によって思考する。アブダクション推論は「正解が一義的に決まらない、論理の跳躍を伴う推論」である。ある種の非論理的な推論と言える。アブダクションは結論を導くために論理の飛躍があるため、思い込みや偏見の源にもなりがちで、いいことばかりではない。

 

しかし、人間にとってアブダクションは必要な推論である。それはアブダクションが「知識を拡張する」からである。私たちは普段から「実はこうなのではないか?」と考えて、欠けている情報を補い、推論する。アブダクションの本領には、次の3つの働きが挙げられる。

  1. 知識の拡張(点を面に広げる)
  2. 新たな知識の創造(すぐには結びつかない離れた分野・領域の知識を結びつける)
  3. 因果関係の解明(時間を遡及して目に見えないメカニズムを考える)

 

仮説をつくるためにアブダクション推論は絶対に必要である。直接的な経験に限定せず仮説をつくるというのは、AIが得意な帰納推論ではできない。

 

人間とAIの決定的な違い

AIはアダプションをしない。そして「記号接地」をしない。AIが行なっているのは確率情報の計算であり、「意味」を考えているわけではない。そのため、予測をしたとしても予測の背後のメカニズムを考えることはなく、何かが起こった時にそれが因果関係にあるのか、疑似相関なのかの見極めもできない。さらにAI自身は新しい知識の創造はしない。

 

生成AIの文章は「意味を理解していないある記号」を「意味を理解していない別の記号」で置き換えているに過ぎない。AIは何かを意図して伝えようとしているわけではなく、また身体や感覚と紐づいた、つまり記号接地した何かを伝えようとしている訳でもない。

記号接地とは、対象と記号の間の単なる対応づけではない。そのため、AIは記号接地を行えず、意味を持つことができない。人が記号接地できるのは、感覚と対象、外界を単に紐づけるだけではなく、意味を理解しようとする過程自体が記号接地だからである。人間は、たくさんの感覚器官から一気に情報を習得し、それを統合することを常に行なっている。人間がなぜ異なる種類の感覚データを得て、脳で別々に処理した上で、統合された形で身体化するということができるのかはまだ解明されていない。

 

AI時代を幸せに生きるには

社会では、効率性を求める大きな価値観が取り巻いている。しかし、記号接地と効率性は逆方向である。記号接地とは、自分で経験し、そこから自分で経験を抽象化したり拡張したりして「知識を創る」ことだが、効率性に重きを置く人は、経験を省き、自分で抽象化したり拡張したりする思考を省き、自分の外にある記号接地のプロセスなしにうまくその場を乗り切ろうとする。

 

効率性や単純な思考ばかりを強化し続ければ、私たちは「人間としての強み」を失い、AIに代替されるものになってしまいかねない。そうした状況になりそうだと感じたら、自分は何が好きなのかを考えること。そして「得手に帆を揚げる」という言葉を思い出すことである。