「よい老い方」という課題
過去100年の間に、世界の平均寿命は10年ごとに2〜3年のペースで延びてきた。しかし、人々は、今もっと時間が欲しいと思っている半面、寿命が延びることにより増える時間は、人生のおしまいに与えられるものに過ぎず、増えた時間を有効に活用するどころか、病気に苛まれたり、衰弱したり、お金の面で困窮したりする羽目になるのではないかと恐れている。
現状では、個人も社会も、誰もが非常に高齢になるまで生きる可能性が高くなっていることに、十分に適応できていない。問題は、この変化がそれほど大きな変化だと感じづらいことだ。今起きつつある変化は、若者や中年が非常に高齢まで生きることが当たり前になったことにある。
より良い結果を手に入れるためには、未来への投資をもっと増やさなくてはならない。寿命が延びた結果、「よい老い方をする」という必須課題が生まれた。個人単位でも社会全体でも、「エバーグリーン型」への転換を果たさなくてはならない。エバーグリーンとは「常にあらゆる局面で新鮮さを失わない」状態を表す。人々が長い人生を生きるための準備を整えられる社会をつくり、長くなった人生の「生活の質」を「人生の質」と釣り合うものにすることが求められる。
エバーグリーン型のよい老い方をするためには、良好な健康状態を保つ必要があるが、それだけでは十分ではない。キャリアとお金のマネジメントの仕方も変えなくてはならないし、人生の様々な段階で自分がどのようなことに喜びと生き甲斐を見出すのかも考えなくてはならない。良好な人間関係を築くための投資も不可欠だ。健康やお金や生き甲斐や人間関係が枯渇した状態で晩年を生きる事態を避けたければ、こうしたことすべてを行う必要がある。
第2の長寿革命へ
多くの人が非常に長く生きることを想定できる状況が実現し、人類は1つ目の長寿革命を成し遂げた。ところが、この偉業の結果として、私たちは2つ目の長寿革命を実行する必要に迫られている。長くなる人生に対応するために、老い方を変える必要が出てきた。
エバーグリーンの課題の核をなすのは、人生終盤の日々を最大限有効に活用することだ。必要になるのは、固定観念を捨て、高齢者に対する社会の姿勢を改めるべきだ。年齢を重ねても人がすべての面で衰弱するわけではないと理解し、人々がより長く、より活発な人生を生きる手助けをする方法を見出す必要がある。
私たちが老いを恐れるのは、老いることにより、人生の終わりに近づくという意識があるためだ。年齢が上昇すれば死亡率も上昇するので、私たちは年齢を重ねるほど、人生の終わりに近づいているという感覚を抱く。したがって、よりよい老い方を実現するための1つの方法は、それぞれの年齢における死亡率を引き下げるというものだ。そうすれば、死生学的年齢が増加し、私たちはより多くの残り時間を手にできる。
老化科学はまだ歴史の浅い学問だが、この数十年で急速な進歩を遂げている。研究機関のラボでは、様々な動物の細胞の老化を減速させたり、若返りを実現させたりすることに成功するケースも珍しくなくなっている。死の主たる原因が加齢に伴う病気であることを考えると、老化のペースを減速させることができれば、平均寿命を大幅に延ばせる。
より良い老い方を実現する方法としては、それぞれの年齢の死亡率を下げる以外に、良好な健康状態で生きられる期間を延ばすというアプローチもありうる。社会全体として予防医療の啓蒙活動を行うこと、そして、1人1人のレベルでは、個人のエバーグリーン戦略の一環として自分の健康状態をモニタリングすることが重要だ。さらに重要なことは運動だ。エクササイズを習慣にすることの恩恵は計り知れない。
発達への新しい道をつくり出せ
人生の終盤をエバーグリーンの日々にし、その日々を楽しむためには、それを私たちの発達に欠かせない時期と位置付ける必要がある。人間の欲求と潜在能力が絶えず変わり続けるのだと知り、発達への新しい道をつくり出すことにより、どの年齢でも自らの可能性を開花させられるようにするべきだ。具体的には、1人1人が考え方と行動を改めて、大人の発達の期間をもっと長くすることが求められる。発達への道は、知恵を探求することの場合もあれば、自己表現を行うことの場合もあるだろうし、働き続けること、キャリアを転換すること、地域コミュニティを築くこと、家族を支えること、個人の興味関心を追求することの場合もあるだろう。
重要なのは、大人の発達が20代前半で大学を卒業する時に終わるわけではなく、さらには65歳で終わるわけでもないと認識することだ。大人の発達はずっと続く。その点を理解すれば、人々が高齢者の持つ力を過小評価してきた傾向を改めることができる。