ニセコ化するニッポン

発刊
2025年1月30日
ページ数
248ページ
読了目安
249分
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マーケティングが影響を及ぼす場所の変化
外国人富裕層の観光客で賑わうニセコと同じような現象が日本のあらゆるところで始まっている。
インバウンド客向けのビジネスが発展することで、地元住民や日本人がその場所から静かに排除されている現状を解説しながら、その問題点を考察している一冊。

観光地だけでない様々な場所で進む「ニセコ化」という現象から、今後の社会の流れを考えるきっかけになります。

「ニセコ化」とは

ニセコには、大量の外国人観光客が押し寄せている。2023年の外国人観光客数は約160万人で、前年度より150%アップ。ニセコ観光圏の町の人口が2万人程度であるため、地元住民の数十倍の観光客が押し寄せていることになる。

外国人観光客は数が多いだけではない。1泊170万円のホテル、牛丼2000円など、高額な価格設定や英語だらけの看板など、ニセコは「日本であって日本ではない」のである。

 

こうした「ニセコ化」が、ニッポンのあらゆる場所で進んでいる。ニセコ化とは「選択と集中」によってその場所が「テーマパーク」のようになっていく現象である。ニセコ化は、次の2つのことによって成り立つ。

 

①選択と集中

ニセコには、2000年代半ばぐらいから、海外資本のホテルが徐々に建ち始め、彼らが意識的に行ったのが選択と集中だ。ニセコのターゲットは明確に「富裕層の外国人観光客」である。ニセコ観光圏の物価は、そこに来る人を選択している。ニセコでは、選択されてやって来た富裕層が満足できるように、彼らに深く刺さるサービスを集中的に行うのである。

 

②テーマパーク化

選択と集中の結果、ニセコはテーマパークのようになっていった。日常と切り離された「別世界」が作られている場所を「テーマパーク」とするなら、日本であって日本ではないニセコはまさにテーマパークの風景である。

 

ニセコは今のところ、観光地としては大きな成功を収めている。それは「ニセコ化」が時代の流れと合致する部分が大きいからだろう。その流れとは次の2つである。

  1. 観光における「量から質への転換」
  2. テーマパーク的開発の一般化

こうした流れは、ニセコ以外の観光地や身近な商業施設においても進行している。

 

「ニセコ化」する都市

ニセコが顕著に行う「選択と集中によるテーマパーク化」は、日本全体で起こり始めている現象だが、批判的な意見も多い。「日本人は相手にされていない」などといった論調で、日本の国力の衰退を嘆く声も多い。

実際に、ニセコにおける「選択と集中」は進めば進むほど、そこから排除される人々が出てくる。来てほしくない客層に見合わない値段を付けたり、そうした客層にはそぐわない空間を作ることによって、自然にそこにあるタイプの人々が集まるようにする。静かな排除が進んでいるのだ。

 

「ニセコ化」は日本のあらゆる場所に広がっている。

  • 豊洲 千客万来
  • 東急歌舞伎町タワー
  • 大阪 黒門市場

こうした最近のインバウンド向け「ニッポン・テーマパーク」は、そこで売られている商品やサービスの「高額な」値段が必ずセットで報じられる。インバウンド観光客に向けて選択された値段設定、そして彼らが楽しめるような空間作りに集中した結果が、千客万来や東急歌舞伎町タワーであり、「ニセコ化」がわかりやすく発生している事例と言える。

 

「ニセコ化」による変貌を街レベルで遂げつつあるのが渋谷である。2023年度、渋谷はインバウンド観光客の訪問率が1位となった。外国人観光客全体の67.1%が渋谷を訪れている。

これまで渋谷は「若者の街」というイメージで語られてきた。しかし現在、渋谷は大規模な再開発が進んでおり、「泊まる」イメージのなかったところに高級ホテルが建設され、インバウンド観光客を取り入れている。再開発に伴って生まれた建築物はどれも、ブランド・ショップなどが入居し、非常に高級路線の施設が多い。

 

「ニセコ化」の問題点

「ニセコ化」の問題点は、次の2つである。

①1つの「選択」に「集中」するため、時代の変化によって受ける影響が大きい

ある空間において選択されたものが、時代状況の変化によって機能しなくなった時、その打撃は大きい。「選択と集中」がリスキーである点は、観光地でも同様である。

 

②「選択」には常に「排除」が伴う

「選択と集中」においては、何かしらの「排除」が起こる。ニセコでも外国人富裕層に選択と集中することで、「日本人排除」が進んでいる。選択されない人がその空間にいると、場違いな感じがして、居心地の悪さを感じてしまう。

 

居心地が悪ければそこに行かなければいいが、問題はニセコ化が「公共空間」にまで侵食していることだ。ニセコなどのある街においてこの「排除」が発生する場合は、このパターンに当てはまる。例えば、ニセコに住んでいた人が、後からインバウンド観光客の増加に嫌気がさしたからといって、すぐに転居するのは難しい。

実際に、街に限らずニセコ化は様々な公共空間に広がっている。公園や図書館などの空間運営では、事業の一部を民間企業が肩代わりする例も増えている。そこでは、どの程度まで公共性を担保できるのかを考える必要がある。