勇敢なリーダーシップの核となるもの
複雑で急速に変化する環境で、リーダーが成功するためには今より勇敢になって、勇気ある文化を育むことだ。勇敢なリーダーシップの核となるのは、特に職場ではほとんど認識されていない「人間の奥底にある感情」だ。大半の人たちは、勇敢さと恐怖をほぼ同時に感じている。恐怖と勇気に両側から引っ張られる場面で私たちに必要なのは、共通の言語、スキル、毎日の訓練であり、それは「ランブル(対話)」を通じて培われる。
「ランブル」とは、傷つくことを認め、好奇心と寛大さを保ち、厄介な問題の特定や解決に尽力し、必要なら休憩を取り、自らの役目を大胆不敵に引き受けながら行う議論、対話のことである。つまり、自分が話す時にそう望むように真摯に耳を傾けることである。
勇気とは、4つのスキルで成立している。
- ヴァルネラビリティと向き合う
- 自分の価値観で生きる
- 果敢に信頼する
- 立ち上がることを学ぶ
勇気を養うための基本的なスキルは「ヴァルネラビリティ(もろさや傷つく可能性のある状態)」と向き合う意欲と能力である。これがなければ、他の3つのスキルを実践するのは不可能だ。
勇気は、生まれもった特性というより、困難な状況でどう表れるかという類のものである。勇敢なリーダーシップの本当の障害は、私たちの恐怖への対応の仕方にある。勇敢なリーダーシップを真に妨げているのは、私たちの「鎧」、即ち、傷つく可能性に立ち向かう意欲や能力がない時に自分を守ろうとする思考、感情、行動である。
ヴァルネラビリティと向き合う
勇敢なリーダーシップの根幹をなす、変化への適応、難しい対話、フィードバック、問題解決、倫理的意思決定、その他のあらゆるスキルは「ヴァルネラビリティ」から生まれる。恐怖心を理由にヴァルネラビリティや感情を排除すれば、生きる意味や目的を与えてくれる大切なものまで手放すことになる。
ありのままで生きるとは、心を防弾ガラスの後ろに隠して守ることではなく、様々な要素を統合することだ。思考、感情、行動をより合わせ、鎧を外し、とりとめのない不恰好な過去の断片をあらわにし、誤って放棄すれば疲労と苦しみに襲われかねい様々な役割を自分の中で消化しながら、複雑でまとまりのない、素晴らしい、1人の人間になることだ。
問題は「心」が押し込められると、勇気が死んでしまうことだ。私たちのエゴは、ヴァルネラビリティを感じることや、好奇心を抱くことさえ、リスクが高いからと回避しようとする。エゴを守り、周囲に合わせてしまうのは、自分が間違っていたり、完璧な答えを用意できず、相手の好意や敬意を裏切ってしまうことを恐れて鎧に手を伸ばしてしまうからだ。
私たちは、心に押し寄せる「恥」のせいで、自分は欠陥人間なのではないかと疑い、そのせいで誰かとつながったりする価値などないのではないかと思ってしまう。エゴが暴れ出しそうになったら、自分の中の恥の感情を見つめてみるといい。ヴァルネラビリティを抱くのが怖いと感じるのは、鎧を脱いで心をさらけ出すと、恥の経験もさらすことになるからだ。
共感は、つながりと信頼を構築する最も強力なツールであると同時に、恥に対する解毒剤でもある。自分にとって恥ずかしい話を共感と理解をもって応じてくれる人に伝えることができれば、恥は消滅する。
自分の価値観で生きる
自分の価値観で生きるとは、口先だけでなく実践することだ。言動を一致させ、自分の信念や大切なものを明確にし、自分の意図、言葉、思考、行動と信念が伴うようにすることだ。
自分の価値観で生きるためには、事前の準備が必要だ。次の3つのステップで、どうやって自分の価値観で生きればいいのかが今よりも明確になる。
- 自分にとって一番大切なものを知る
- 口先だけではなく、行動が伴う価値観を選ぶ
- 難しい対話を行い、秘密や沈黙や批判を押しやる
果敢に信頼する
自分の信頼性が少しでも疑われていると感じただけで、私たちはヴァルネラビリティを内に閉じ込めてしまう。そして、自分は信頼にたる人間でありたいと思っている一方で、私たちは他人をなかなか信頼することができない。
ここでは「具体性」がポイントになる。漠然と信頼性に向き合ったり、信頼という言葉を使ったりするよりも、具体的な行動を提示できるようにしなければならない。それにはまず、問題のありかをピンポイントで特定し、それから話し合う必要がある。
立ち上がる方法を学ぶ
立ち上がるスキルを学んだリーダーたちは、勇気ある行動を起こす確率が高い。スキルは、次の3つのパートで構成される。
- 推算:感情的になっていると思ったら、身体に注意を向け、その感情に関心を向ける
- ランブル:人が最初につくる物語の真偽をチェックするための時間、空間、安全性を確保し、物語と向き合う
- 革命:鎧を脱ぎ捨て、己の脆さと向き合い、自分の価値観を貫き、心を開いて果敢に信じる