経済の要は「分業化」
もし私たちの祖先が、現在の家庭用の電球1個から1時間に発されるのと同じ量の光を作り出そうとしたら、どれぐらいの時間がかかるか。
先史時代「たき火」:58時間かけて薪を集める
古バビロニア王国「ごま油のランプ」:41時間の労働
18世紀末「蝋燭」:5時間の労働
19世紀「ガス灯」:2〜3時間の労働
20世紀初頭「電球」:数分の労働
現在「家庭用LED電球」:1秒の労働
照明を基準にするならば、労働から得られる収入は、先史時代から現代までの間に30万倍、1800年から現代までの間に3万倍上昇したことになる。このような劇的な変化をもたらした要因は2つある。
- 照明技術の進歩
- 労働生産性の向上
先史時代の人々は1人ですべてのことをしなくてはならなかった。それに対し、現代の労働者は自分の得意なことを専門に手掛けている。私たちは市場を介することで、自分の生産物を他人の生産物と交換することもできる。しかも市場では価格のインセンティブ効果が働くので、ものが不足すれば生産活動は活発になるし、ものが余れば抑制される。
但し、市場システムは完璧ではない。市場の失敗によって、失業やカルテル、交通渋滞、過剰漁獲、汚染など、数々の問題が生まれている。
経済学の重要な概念の1つは「分業化」だ。分業化は、現代の経済の要をなす要素だ。ものを製造する工程も分業化している。分業化の隆盛により、貿易の重要性も増している。例えば、ボーイング787「ドリームライナー」の機体は、バッテリーは日本製、翼端は韓国製、床梁はインド製、水平尾翼はイタリア製、着陸装置はフランス製、貨物ドアはスウェーデン製、逆水力装置はメキシコ製だ。
大抵の一般的なスマートフォンは「メイド・イン・ザ・ワールド」と呼ぶのが正しい。部品や原材料を最もコストの安いサプライヤーから調達することで、国産の材料だけを使ったら高価になりすぎてしまう製品も製造できる。
現代の繁栄は貿易により生み出された
私たちの祖先にとっては贅沢だったものは、科学技術のおかげで、現在ではほとんどコストを気にせず使えるぐらい安価になっている。長いスパンで見れば、経済的な発展に伴ってそういうことが数多く起こっている。
農耕からインターネットまで、技術は経済活動における諸革命の原動力となってきた。また比較優位も社会に恩恵をもたらしている。あらゆる労働市場で、分業化が果たした役割は計り知れないほど大きいが、これは国家間にも当てはまる。各国は貿易を通じて、それぞれ自分の最も得意とする分野に専念できるようになる。貿易相手を持つことは、脅威ではなく、チャンスにつながる。貿易は現代の経済を支える要であり、現代の繁栄は貿易によって生み出されたものだ。
最近は、生活水準が向上することが当たり前のように思えてもおかしくないかもしれないが、かつては世界の多くの人々が封建制や植民地支配や奴隷制によって抑圧されていた。
経済成長は私たちを幸せにしたのか
2000年代の大規模な調査に基づく分析によると、収入が多いほど、幸福度は高まっていた。また国家間の比較でも、所得が高い国の人ほど、幸福度が高かった。但し、お金を出せば、幸せをいくらでも買い増せるといっても、限界効用の原則には縛られる。収入の増加によってどれぐらい満足を感じるかは、収入の増加率に概ね比例するようだ。
したがって、過去数十年に多くの国で進んだ格差の拡大は、人々の満足度には悪影響を及ぼしていたと考えられる。社会保障制度による富の再分配や累進課税の強化が唱えられるのは、そもそもお金を持っていない人ほど、1ドルから得られる喜びが大きいということに重要な根拠がある。
国家間の所得格差は国内の所得格差以上に大きい。西ヨーロッパの平均所得が現在1日109ドルであるのに対し、南米の平均所得は1日39ドル、アフリカの平均所得は1日10ドルだ。平均的な米国人の1ヶ月の生産量は、平均的なナイジェリア人の1年間の生産量に匹敵する。
不平等の拡大以外にも、憂慮されている経済の問題はある。経済学者ジョージ・アカロフのアイデンティティー経済学の研究では、人々が自分をどのように認識するかが重要であることが指摘されている。
普通の経済モデルでは、消費のために収入を得ることが働くことの唯一の意味とされる。しかし、アイデンティティー経済学によれば、多くの人のアイデンティティーは消費活動より生産活動によって形成されているという。
だから先進国で、技術の進歩と貿易の拡大で工場の仕事が失われた時、収入の減少に苦しむ中産階級にとって、テレビが安く買えるようになったことは慰めにならなかった。ポピュリズムの政治家が台頭したのは、労働者階級の安定した仕事が失われたことへの反発が一因だ。