権力に関する4つの仮説
誰が権力を手にし、その権力が人をどのように変えるのかという、人間社会にまつわる根本的な2つの疑問に対する説明に対して、以下の4つの仮説がある。
- 権力を握ると人は悪質になる(権力は腐敗する)
- 権力が腐敗するのではなく、より悪質な人が権力に引きつけられる
- 私たちが不適当なリーダーに引き寄せられ、彼らに権力を与える傾向にある
- すべては制度次第で、権力の座にある人間に注目するのは間違っている
遺伝子は誰が権力を手に入れるかに影響を与える
誰が権力を追い求めるかは、決してランダムに決まる訳ではない。特定のタイプの人が権力を渇望し、我が物にしようとする。そこから「自己選択バイアス」の一種が生じる。決まった特性を持っている人の方が、そうでない人よりも権力を強く求める。
2013年「リーダーシップ遺伝子」と呼ぶものが発見され、その遺伝子が後の人生で権限のある地位に就くことと強い相関があると発表された。この遺伝子は野心的、自信がある、外向的、長身といった、現代社会で権力の座に就きやすくする特性と結びついているかもしれない。
人の行動が本人の遺伝子によって促されているのか、環境や親、過去の経験、富、ランダム性によって促されているのかを見極めるのは難しい。だが、遺伝子が人間の支配で重要な役割を果たすと信じるに足る理由は、動物界から得られる。他の種では遺伝子がリーダーとしての資質を決めているのだ。遺伝子は、誰が権力を手に入れるかに確実に影響を与える。なぜなら、他者に対して権限を獲得するのがうまくなるような遺伝的特性があるからだ。
私たちは外見だけで権力を与えてしまう
権力を持つには支配する相手が必要である。従って、権力は取得するのではなく授けられる。私たちは人や物が誰かや何ができるかよりも、どう見えるかしか頭にないことが多い。権力にしても同じだ。もしリーダーのように見えれば、リーダーになりやすい。そして、私たちは間違った理由から、あらゆる種類の人に権限を与える。
これは、脳の進化の欠陥が一因だ。誰もが多くの手間を省くことを可能にする情報を素早く伝達するように、様々な種が進化した。自分がどう示すかが、他者が受ける印象に影響を与える。私たちの脳は、一見些細な手掛かりから複合的な評価を下すのがうまい。そうした手掛かりを足し合わせて全体像を作り上げ、地位の高い人、低い人といった判断をする。
石器時代には優秀な戦士や狩人になれただろう身体的特性を持った男を、現代の私たちは指導者に選ぶ傾向がある。私たちは女性よりも男性に、背の低い男性よりも背の高い男性に、権力を与える。
サイコパスは権力を握りやすい
ダークトライアドの特性を持った大勢のサイコパスは巧みに他者を騙して、自分は優しくて思いやりがあり、支配権を握るべきだと信じ込ませてきた。ダークトライアドとは、次の3つの要素からなる。
- マキャヴェリズム:陰謀、対人操作、他者への道徳的無関心を特徴とする性格特性
- ナルシシズム:傲慢、自己陶酔、誇大、他者からの承認への欲求を示すことの多い性格特性
- 精神病質:共感を抱くことができず、衝動的で、攻撃的で、他者を操作するという形でしばしば表れる性格特性
これら3つの特性のどれもが、様々な程度で存在しうる。これら3つが同一人物の中に極端に多く存在すると、本人と周りの人に問題が生じる。
サイコパスは自然に他者に共感することはないが、他者への共感を覚えることができる。正常に機能している脳を持つ人々を、しばしば真似て、そういう人々を餌食にする。彼らの成功の鍵は他者を操作することだが、そのためには相手に警戒を解かせなくてはならない。サイコパスは口がうまく、信じられないほど人好きがすることが多い。
私たちは人を採用したり、昇進させるために面接をするが、これは演技の場だ。サイコパスは、自分が受けている面接に合わせて、話をでっち上げたり、誇張したり、嘘をついたりする。知能の高いサイコパスは、うまく騙し通すことができる。
ダークトライアドの特性には、腐敗しやすい人々に権力を渇望させると共に、権力を手に入れるのを得意にさせる。
制度は影響を及ぼす
権限を握っている人が虐待的な極悪人のように振る舞うと、私たちはその行動を本人の選択あるいは性格上の欠陥の産物以外の何物でもないとみなす傾向がある。だが、権力が濫用されたり悪用されたりした時でも、権力を握っている人が「劣悪な」人だからでない場合もある。
私たち人間は、ひどい人とひどい制度の違いを見分けるのが恐ろしく下手だ。だからしばしば、不運な状況を悪意と取り違える。私たちの多くが、破綻した制度の下で生きている。そのような状況で課される制約があるので、私たちには絶対的な自由意志というものはない。私たちの行動は、善いものも悪いものも、こうした制度によって形作られる。