発電以外の脱炭素化はゆっくりとしか進まない
2020 年の1人当たり有効エネルギー供給量は、約34ギガジュールとなった。これは平均的な地球人が原油にして毎年800kg、良質な石炭1.5tを使えるということだ。これを肉体労働に換算すると、平均的な人間1人につき、成人60人が昼夜兼行で休むことなく働き続けるのに相当する。
食生活の改善、大規模な人間の移動、生産と輸送の機械化、個人間の即時の電子通信など、富裕国のすべてで例外ではなく標準になったあらゆる進歩の根底には、豊富に手に入る有効エネルギーがあり、そのエネルギーでこれらの進歩の説明がつく。エネルギーの変換こそが、まさしく生命と進化の基盤なのである。
エネルギーは様々な形態で存在しており、私たちにとって役立つようにするためには、1つの形態から別の形態へと変換する必要がある。原油はエネルギー密度がずっと高く、密閉空間さえあれば、石炭と比べてはるかに簡単にタンクや地下に貯蔵できる。また簡単に流通させることが可能で、需要に応じてすぐに入手できる。
一方、太陽光や風力から得る再生可能エネルギーは、断続的な発電の弱点を補ってくれる大規模で、長期的な電力貯蔵設備、広範な高圧線の送電網などが必要とされ、大規模な商用利用にはコストがかかる。燃料の次第に多くの割合が、電気に転換されているが、それでも全世界で最終的に消費されるエネルギーの内、依然として18%という割合にしかなっていない。
2050年までに世界の二酸化炭素の排出量をネットゼロまで削減するためには、空前のペースと規模のエネルギー転換が必要となる。発電の脱炭素化は、発電容量の単位当たりの設置コストが、今では化石燃料による発電の最も安価な選択肢とも競争することができ、迅速に進めることができる。しかし、大都市には非常に大きな蓄電施設が必要だが、これまでのところ、揚水式水力貯蔵しか実行可能な選択肢がない。
今やEUでさえ、原子炉なしでは並外れて野心的な脱炭素化の目標達成には遠く及ばないことに気づいている。電気は、世界の最終的な総エネルギー消費量の18%でしかなく、産業、家庭、商業、輸送による最終的なエネルギー使用量の80%以上の脱炭素化は、発電の脱炭素化よりも一層困難になる。発電量の増加分は、今は化石燃料に頼っている暖房や多くの産業プロセスに使うことができるが、現代の長距離輸送を脱炭素化する道筋は、相変わらず不明だ。
ジェット旅客機の動力源であるターボファンエンジンは、1kg当たり12000w時のエネルギー密度を持つ燃料を燃焼させ、化学エネルギーを熱エネルギーと運動エネルギーに変換するのに対して、今日の最高のリチウムイオン電池でも1kg当たり300w時未満しか供給できない。
食料生産も化石燃料に依存している
世界の総人口に占める栄養不足の人の割合は、1950年には約65%だったのが、2019年には8.9%まで下落した。この間に世界人口が1950年の約25億人から2019年の約77億人へと大幅に増加した事実を考慮すれば、この偉業は目覚ましい。
現代の食料生産は、作物の畑作であれ、海での漁獲であれ、2種類の異なるエネルギーを頼りとする。1つは太陽、そして化石燃料と人間が生み出す電気である。現代世界にとって最も重要で、生存の根幹に関わるのは、食料生産における、直接・間接の利用を通しての化石燃料への依存だ。直接利用の例には、あらゆる農業機械や農地から貯蔵施設や加工施設への収穫物の輸送、灌漑用ポンプの動力源となる燃料がある。間接的な利用は幅が広く、農業機械や肥料の生産と、除草剤や殺虫剤といった農業用化学物質の生産に使われる燃料や電気、温室用のガラスやビニールシート、精密農業を可能にするGPSデバイスまで様々に及ぶ。
依然として増え続ける化石燃料と電気のインプットなしには、人類の90%に適切な栄養を供給することはできない。これらエネルギーのインプットは、最近の全世界のエネルギー使用量の約4%にしかならない。だが、食料システム全般での使用量を推定すると、はるかに大きな割合を占める。食料の加工やマーケティング、包装、輸送、卸売、小売、家庭での貯蔵と調理、家庭外での食品サービスすべてを足し合わせると、アメリカでは国内エネルギー供給量の20%に迫っている。
まもなく人口が80億人に到達する世界は、合成肥料やその他の農業用化学物質抜きで、農産物と畜産物の多様性と現在普及している食生活の質を維持しつつ、十分な食料を確保することは困難である。しかし、食料生産での化石燃料の補助に対する依存を大きく転換することが不可能ということではない。フードロスといった無駄にする食品を減らすことができれば、それに伴うエネルギーを減らすことができる。