棒を振る人生

発刊
2014年10月16日
ページ数
233ページ
読了目安
251分
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指揮者という仕事
指揮者の佐渡裕氏が、指揮者という仕事について語っている一冊。指揮者がどのように楽譜と向き合い、作曲家の意図した音楽をつくり上げるのか。どのように自分の音をつくりあげるのかが書かれています。

指揮者の役割

指揮者はオーケストラの中で唯一、音を鳴らさない音楽家だ。そんな指揮者の指揮に応えて、奏者が弓を動かしたり、息を送ったり、ものを叩いたり、声を出したりする。それによって空気が振動して、人の鼓膜を震わせ、人の心を揺るがせる。感動が生まれる。

指揮者の仕事のほとんどは、指揮台に立つ以前にある。まずリハーサルでは指揮者が自分のイメージする音楽をオーケストラに伝える。その時、共通言語になるのが楽譜だ。

 

指揮者の第一の役割とは、譜面と向き合って、そこに作曲家が残した「暗号」を読み解いて、作曲家が意図した音のイメージに近づく事である。作曲家の気付いていなかった新しい音の効果や聴き手の受け止め方を求めて、指揮者は譜面に向かう。一度の指揮で見つけられなくても、回を重ねるたびに新しい発見が得られる事がある。大事な出会いを得たり、大切な人を失ったり、歳を重ねて経験を積み、心の引き出しが増えた時、遠くにあった音楽が、ふっと猫のようにそばに寄ってきてくれる事もある。

 

自分の音をいかに出すか

楽譜は建築で言えば設計図のようなものだ。優れた作曲家は、具体的な建物がどんな天候の中で、どんな場所に建ち、どういう人達が、何を目的にその建物を使うのか。そういうところまで考えて、楽譜という設計図に自分の音のイメージを表現している。指揮者はその設計図を見て、作曲家の作り上げた建築物を想像し、それを建てるためにどういう職人(演奏者)と、どういう材料(音)が必要で、どの職人と職人がどういうふうに力を合わせれば、優れた建築物が建てられるかを考える。

 

譜面をより深く理解するためには、曲が生まれた時代背景を研究し、作曲家が過ごした場所に身を置いて、気候や風土を肌で感じる事も試みる。光、温度、湿度、匂い、それらが生み出す静けさ。曲が生まれた土地の気候や風土は、すべて音に深くつながってくる。感覚を鋭敏にして作曲家と同じ場に身を置く事は、そのつながりを体感する事になる。

 

指揮者に求められるのは誰かの物まねではない。ただ音が鳴っているだけではなく、その音がどれだけ自分の音になっているか。どれだけ自分の体の一部になっているかが問われる。そのためには、譜面を深く読み込む知識と感性と経験が必要だ。

 

音楽家の目的は、いい音楽をつくること

譜面を勉強して作曲の意図を読み取るには膨大な時間がかかる。自分が譜面から汲み取った曲のイメージを、今度はどうオーケストラのメンバーや合唱団員に伝えるか。優れた音楽は、まず優れた音楽家達による演奏として立ち現れる。演奏者達を納得させる変化を起こせるかどうか。指揮者が指示した事を、演奏者達に自らの意志でどうやりたいと思わせるか。mustからwantにどう変えるか。それには、瞬間瞬間に状況を判断し、様々な切り口から臨機応変に対応する姿勢が求められる。

 

音楽家の目的と幸せは、いい音楽をつくる事だ。自分の思いを伝えるために音楽をする訳ではない。楽譜がそう語っているならば、楽譜がそれを求めているのならば、オーケストラに何でも言えるし、何度でも同じ事を要求する。楽譜がまずある。それが指揮者と演奏者を近づける。だから楽譜は指揮者とオーケストラの共通言語なのだ。

 

指揮者にとって大切なこと

最も指揮者にとって大切なのは「自分の音」を実際にどう鳴らすかだ。音楽は空気を振動させて鳴る音でしかない。自分が作品に一歩踏み込み、作品が自分に近づいてきた時、ある情景、イメージが立ち上げる。それをオーケストラに伝える時、言葉にして伝える事がとても大切になる。

 

ここで大事なのはオーケストラの想像力だ。もしもオーケストラに想像力がなく、それぞれが演奏に消極的にしか参加しなければ、決していい音は鳴らない。だからこそ指揮者はオーケストラの想像力を呼び起こすように、イメージを言葉で表現して伝える必要がある。