業界の変化を予測するためのプロセス
将来を見通すには、優れた理論を利用する以外に方法はない。なぜなら、誰の目にも明らかなデータが手に入るのは過去の事に関してだけだからだ。優れた理論は、データが不足している時でも、重要な動向を理解するための確実な方法を与えてくれる。業界の変化を予測する手段として理論を用いるためには、次の3部構成を用いる。
①変化のシグナル
変化が起こりそうな状況や、過去とはかけ離れた将来が出現しそうな状況を指し示すシグナルのこと。こうした状況では、過去に例のない新しい製品・サービス、ビジネスモデルをもった企業が現れると予想される。どこで何を探すかがわかっていれば、業界を変え得る企業が頭角を現す前に発見できる。
②競争のバトル
「攻撃側の企業」と「既存企業」とに大まかに定義される企業の直接対決のこと。一般にイノベーションのプロセスでは、新規参入企業が強力な既存企業の縄張りに侵入する。理論を活用すれば、このバトルでの勝者を予測できる。
③戦略的選択
競争のバトルの帰結に影響を与える選択。攻撃者が力の均衡を自らの有利に傾けるには何ができるかを考える。
変化のシグナル
何者かが変化の機会を有利に利用しようとしている兆候を探すためには、「無消費者」「満たされない顧客」「過剰満足の顧客」という3種類の顧客集団を評価する必要がある。これらの集団は、それぞれ独自の事業機会を生み出す。
企業は無消費者の獲得を狙って新市場型破壊的イノベーションを、または満たされない顧客を狙って上位市場に向かう持続的イノベーションを、あるいは過剰満足の顧客を狙ってローエンド型破壊的イノベーションか、モジュールへの置き換えを推進する事ができる。業界の状況を正しく見極めれば、その状況ではどの種類のイノベーションが成功しないのかが明らかになる。
新市場型破壊的イノベーションは、業界を長期的に変化させる可能性が最も高いが、最も見分けるのが難しい。明らかなシグナルの1つが、新興市場が高い成長率を示していて、しかもその率が上昇している事だ。無消費者が存在するかどうかを見極める方法の1つは、製品・サービスの提供チェーンの全段階をマッピングする事だ。新市場型は快適イノベーションは、このチェーンから1つの段階を取り除いてしまう事が多い。
企業は上位市場に向かう持続的イノベーションを推進し、製品・サービスの性能向上に取り組む内に、やがて一部の顧客が使いこなせる以上の「過剰な」性能を提供するようになる。この過剰満足こそがコモディティ化を促す要因である。過剰満足が生じると業界の競争基盤が次のように変化する。
①過剰満足の顧客層に、ローエンド型破壊的イノベーションが根付く
②専門的企業が業界に参入し、統合型企業を駆逐する
③標準やルールが整備され、多様な企業が各顧客層の最低限の要求に十分応えられる製品・サービスをつくれるようになる
競争のバトル
企業はいつか必ず競争にさらされる。こうした戦いでの勝者を予測するには、競合企業の強みと弱みを評価する事が欠かせない。資源、プロセス、価値基準の観察を通じて企業を評価できる。
ここで興味深いシナリオが生じるのは「非対称性」、つまり動機付けやスキルにおいて企業間に重要な違いが存在する時だ。破壊的イノベーションの環境では新規参入企業が勝つ。なぜなら、新規参入企業が非対称性を有利に活用できるからだ。既存企業は、優れた製品を要求の厳しい顧客に提供する原動力である価値基準に阻まれて、新規市場を追求できない。これに対して持続的イノベーションの環境では既存企業が勝つ。
変化のシグナルの質問が極めて重要なのは、非対称性が強力な力を及ぼすからだ。無消費者や過剰満足の顧客を獲得するための新しい方法を生み出す企業は、そうした事業機会に魅力を感じない既存企業からほとんど干渉を受けないまま、新しい市場を創出するか、市場の低位層に参入する事ができる。
イノベーションの最終解
ほとんどのイノベーションは、破壊的イノベーションではない。最も重要で最も収益性の高いイノベーションの多くは、よい製品・サービスをよりよくする持続的イノベーションである。持続的イノベーションを推進する新規参入企業が、イノベーションをもとに大規模な事業を構築しようとするなら、成功する見込みは低い。新規参入企業が莫大な資金を費やせるのでない限り、この道は危険が大きい。
新規参入企業と既存企業にとっての適切な市場進出戦略が変化するのは、過剰満足が生じ、インターフェースがモジュール化を促すような形で変化する時だ。専門的企業はこの段階で市場に参入し、価値の分け前に与る事ができる。既存企業が市場の一部の階層を過剰満足させ、市場が求めるよりも速いペースでイノベーションを推進している事が、モジュール性へのシフトの予兆である場合が多い。
しかし、既存企業はモジュール性にシフトする事によって、確かにイノベーションを加速させるが、それと共に性能を左右する部品やサブシステムの製造業者に価値がシフトしてしまう事に気づく。こうしたシフトを認識し、適切な対策をとる既存企業は、将来魅力的な利益が宿る場所に向かって「スケート」していけるだろう。