温めれば、何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来

発刊
2024年2月9日
ページ数
200ページ
読了目安
241分
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久遠チョコレートの創業物語
障がい者が「稼げる場所」をつくるという理想から始めたパン工房が、年商18億円のチョコレート専門店になるまでの物語。開業した後にあっという間に借金1000万円以上になったところから、どのように立ち直り、ビジネスは成功したのか。
壁にぶつかりながらも、「どうしたらできるのか」という逆算思考で、これまで乗り切ってきた著者の考え方と苦労が書かれています。

障がい者が稼げる場所をつくる

久遠チョコレートは、愛知県豊橋市の古い商店街に本店を構えるチョコレート専門店。このブランドを立ち上げたのは2014年。10年経ち、久遠チョコレートの拠点は全国60ヶ所、年商はフランチャイズ店も含めて18億円にまで成長した。

 

久遠チョコレートの前身となるパン工房を起業したのは2003年。きっかけは、ヤマト運輸をトップ企業へと押し上げた小倉昌男さんの取り組みを紹介した書籍を読んだことだった。障がい者が働く作業所の全国平均月給は1万円だという現実を知り、ショックを受けたのだ。小倉さんに触発され、障がい者が「働ける場所」「稼げる場所」を作ろうという理想に燃えてパン工房を開くことにした。

パン工房を作ろうとしたのは、スワンベーカリーという小倉昌男さんの先行例がある上に、小さい頃からパンが好きだったから。もう1つの理由は、パンは生活必需品の1つであり、パン屋さんには不特定多数の人が毎日のように足を運ぶ。その機会に、障がい者たちが働いている姿を垣間見てもらい、それで社会が変わる小さなきっかけになったらと思ったのだ。

 

パン工房を開く場所は、意外に早く見つかった。地元の商店街が活性化の一環として、15坪ほどの空き店舗を月5万円という格安の家賃で貸してくれた。場所が決まったら、次は協力してくれる製パン会社探し。冷凍パン生地を提供してくれる大手製パン会社、スクラッチしてパン生地を作る技術を教えてくれる中小の製パン業者と組んで、一緒に障がい者が売れる商品を作れないかと考えた。しかし、答えは決まって「ノー」だった。

20社目ぐらいだったか、ここでダメだったら諦めた方がいいかもしれないと飛び込んだのが敷島製パン。対応してくれた課長さんが、上の許可をもらってくれ、パン作りに欠かせない機械と器具を貸与してくれたのだ。さらに敷島製パンの研修センターに勉強に行かせてくれて、開業前後には、パン作りの技術指導をしてくれるOBまで派遣してくれた。それらがすべて無償だった。

 

雇用したのは知的障がいのある3名の女性を含む5名。1人を除いて他のメンバーはパン作りの未経験。この陣容でパン工房を黒字にするのは、相当難しいだろうなと覚悟はしていたが、その難しさは想像を遥かに超えていた。15坪のパン工房は、通常は夫婦2人で切り盛りする規模。そこに5人も雇用したのだから人件費がネックになる。

そもそもパン屋は、薄利多売のビジネス。労働生産性が低い上に保存が効かないので、売れ残りは破棄するほかない。思ったように作れず、売り上げも上がらない。あっという間に蓄えも底をつき、借入額は1000万円以上になってしまった。

パン工房の実情は、自転車操業で経営は火の車だった。ところが、気づけば障がいのある人やその家族から、「働きたい」といった問い合わせが毎日のように入るようになっていた。障がい者の「居場所」ではなく「稼げる場所」を作ろうという試みが全国的にも珍しく、メディアで再三取り上げられたからだろう。

 

ちょうど店の斜め前に空き店舗が出ていたこともあって、新たに店舗を増やすことにした。そうして2004年、オープンさせたのがメロンパン専門店だった。そこで採用したのは、主に知的障がいのある15人。メロンパンの製造と販売をスタートさせた。その頃、日本ではメロンパンのブームが来始めていたらしい。このメロンパンがヒット商品となり、ビジネスの起死回生を助けてくれることになった。

 

チョコレートとの運命的な出合い

パン工房を始めて数年後、異業種交流会で、久遠チョコレートにつながる出会いがあった。知人がトップショコラティエの1人である野口和男さんを引き合わせてくれた。実は、チョコレート作りは障がい者が稼げる仕事なのではないかと考えていた。チョコレートは単価が高く、時間給を上げやすいからだ。

野口さんが教えてくれたのは「料理には感性が求められるが、チョコレートに求められるのは科学。正しい材料を正しく使えば、誰でも美味しくできる」ということ。さらに彼が言ったことは、心を動かした。「トップショコラティエなら1から10まで1人でできないといけない。でも、チョコレート作りの工程を細分化し、1人1人が自分の担当工程のプロになれば、素人でも美味しいチョコレートは作れる」。

 

何よりもチョコレートの良さは「人の時間軸」に合わせてくれる点にある。料理は一般的に「食材の時間軸」に人が合わせる必要がある。けれどチョコレートは、温度を下げることで一度固まっても、また温度を上げて溶かせば成型し直すことができる。失敗しても、何度でもやり直しがきくのだ。その点でも、チョコレート作りは、障がい者にも取り組みやすい仕事だと考えた。

チョコレート作りで障がい者も稼げる場所を作りたい。そうして、久遠チョコレートを立ち上げる事態となった。