イノベーションのジレンマ
『イノベーションのジレンマ』は、旧世代の「勝ち組」企業が抱える組織的・心理的な問題を指摘した。前時代の覇者が往々にして新しい技術に対応しきれないのはなぜか。
問題は、既存の大口顧客の求める製品以外は、社内的に傍流になってしまう点だ。社内的な「主力製品」が世間的にも主流である内は何の問題もない。しかし、新種の製品が登場し、世の中に広まっていくような局面では、この手の「勝ち組」企業の対応は後手に回りがちだ。経営陣には旧来の主力部門出身者が多いから、過去の成功体験に引きずられがちでもある。旧時代の覇者は、まさに勝者であったがゆえに、新時代への対応スピードが遅くなる。
しかし、「失敗者は、失敗につながるようなバイアスを抱えていたからこそ、失敗したのだ」というのは、ほとんど同義反復であり「後付けの経営学」に過ぎない。
イノベーションに関わる3つの理論
「イノベーターのジレンマ」を経済学的に考えるためには、次の3つの理論を用いる。
①置換効果(共喰い)
新製品と旧製品の間の代替性が高いと、需要の共喰いが起こるので、既存企業にとっては新製品導入のありがたみが薄い。
②先制攻撃(抜け駆け)
そうは言っても、みすみすライバルの参入を許すと「市場の独占度」が下がり、利益も激減してしまうので、既存企業はむしろ新興勢力よりも早く新技術を買収してしまうべきである。
③能力格差
「素の研究開発能力」において既存企業と新参企業のどちらかに軍配が上がるかについては、双方を支持する仮説がある。実際に測る必要がある。
これら3つの理論は綱引きの状態にある。既存企業は、一方で「置換効果」に後ろ髪を引かれているが、他方、さっさとイノベーションに踏み切って、未来のライバルが出現する前に「抜け駆け」してしまおうという誘惑にも駆り立てられている。そして「能力格差」という側面において既存企業と新参企業のどちらが優れているのか、その答え次第で「共喰い」と「抜け駆け」のパワー・バランスも変わってくる。
実証分析の3作法
理論的な3つの力の綱引きを、実証するために3つの作法を用いる。
①データ分析(狭義)
②対照実験
③シュミレーション
実証分析は、次のような手順で進める。
Step1:共喰いの度合いを測る=需要サイドの推計
Step2:抜け駆けの原因を測る=供給サイドの推計
Step3:能力格差を測る=投資コスト(埋没費用)の推計
ジレンマの解明
判明したのは、以下のことである。
・既存企業は、抜け駆けの誘惑に強く駆り立てられている
・イノベーション能力も、実はかなり高い
・にもかかわらず腰抜けなのは、主に共喰いのせいである
既存企業は、あたかも無能であるがゆえに時代に取り残されたかに聞こえるが、よくよく調べてみると既存企業に欠けていたのは「能力」ではなく「意欲」の方だったらしい。
既存事業のしがらみを無視することができれば、新技術の実装と商業化を新参企業に近いペースで進めることは十分可能だ。創造的破壊の荒波を生き延びるためには、創造的「自己」破壊が必要である。
問題の根が「共喰い」にある以上、生き延びるためには主力部門を切り捨てる覚悟が必要である。そして、新事業を見つけ、育て、成功させねばならない。「損切り」と「創業」。事の本質はこれだけである。