ジレンマの背後にあるパラドックス
緊張関係は私たちを相反する方向に引っ張る。表出しているジレンマの下には、パラドックスが隠れている。選択肢を選ぶ時に、私たちは択一的なアプローチを採用しがちである。しかし、最大の難題に対処できるかは、難題を引き起こしている乱雑で複雑なパラドックスの理解にかかっている。
パラドックスとは、同時に存在し、長時間持続する、矛盾していながらも相互に依存する要素で、あらゆるところに存在する。パラドックスは次の4種類に区別できる。
- パフォーマンス・パラドックス:成果の緊張関係。「なぜ」と問うたびに表面化する。
- 学習パラドックス:時間の緊張関係。「いつ」の問いを提示する。
- 所属パラドックス:アイデンティティの緊張関係。「自分が何者なのか」という問いを投げかける。
- 組織化パラドックス:プロセスの緊張関係。「どのように成し遂げるか」を問いかける。
パラドックスはしばしば、複数の緊張関係が互いを補強するようにもつれ合っている。また、同じような緊張関係が様々なレベルで出現し、入れ子になっている。
択一の選択肢の罠
ジレンマを経験すると、二者択一的な選択肢が提示される。私たちは、不確実性に出会うと、そこから逃げ、もっと確かで安定した根拠を求めたくなる。アプローチを狭め。問いを詳しく検討し、択一思考を適用して選択肢を評価し、その中から選んでしまう。しかし、ほとんどの場合、ジレンマへの対応としての択一思考は、限界があり、最悪の場合は害をなす。パラドックスの一方のみを重視すると、選択肢が過度に単純化され、狭まってしまい、悪循環を誘発する場合がある。
択一思考を採用すると、緊張関係の高まりに伴い、別のジレンマに直面する。現在の取り組みを強化すべきか、根本的な変化を起こすべきか。しかし、その結果起こった反応によって、現在の罠がさらに深まるか、新しい罠が生まれる。こうした罠によって、最終的には悪循環に陥る。この悪循環には3つのパターンがある。
- ウサギの穴(行き過ぎた強化):あるやり方で緊張関係に対応すればするほど、その対応が癖になる。
- 解体用剛球(過剰修正):択一思考を反転させ、逆に行き過ぎてしまう。
- 塹壕戦(二極化):対立する溝に嵌まった人々同士の戦いは互いの頑固さを補強する。
人はジレンマを表出しているとどちらかを選んで片付けたくなるものだが、背後にあるパラドックスは決して解決できない。
パラドックスを乗りこなす2つのパターン
両立思考を育むには、まず表出しているジレンマの背後に隠れているパラドックスに注目する。パラドックスをどのように発見して受け入れるか、という問いには大きな価値がある。荒波に立ち向かうには、対立する力をよく知り、うまく利用する必要がある。
パラドックスを乗りこなすためには、次の2つのパターンがある。
- ラバ型(クリエイティブな統合の発見):パラドックスの対立項を統合する、シナジーのある選択肢を特定する
- 綱渡り型(一貫した非一貫性):相反する選択肢の間を細かく移動しながら前進し、継続的にバランスをとる
2つのパターンは、しばしば絡み合う。綱渡りをしていると、時々ラバが生まれることがある。あるいは優れたラバから、どちらかの側に専念するよう突然求められることもある。
両立思考に向けた統合ツール「ABCDシステム」
パラドックスを乗りこなす好循環を導くラバの発見や綱渡りは、両立思考を使いこなす能力にかかっている。この両立思考を支えるために、次の4つのツールがある。成功する人は、互いに補強し合うように、これらすべてのツールを活用する。
①A:アサンプション(前提)
対立する2つの力を同時に意識し続けるためのマインドセットと背後にある信条。アプローチを転換する最初のステップは、問題の枠組みを変えること。「AとBの両方をどうやったら受け入れられるか」を問う。問いを変えると、視点が変わる。
②B:バウンダリー(境界)
パラドックスに直面する際のマインドセット、感情、行動を支えるために、自分の周りに作る構造。パラドックスに取り組むそもそもの理由と方法を忘れないように、高次のパーパスの価値観を表現する。競合する要求の分離と接続の両方を実現する構造を作るメリットを考える。パラドックスのそれぞれの側に傾斜し過ぎないようガードレールを構築する。
③C:コンフォート(感情のマネジメント)
感情に注目し、不快の中に心地よさを見つける。間をおくことで、不快感を気持ちよく受け入れる。その上で視野を広げる。
④D:ダイナミクス(動態性)
継続的な学習と変化を可能にする行動で、競合する要求の間の行き来を促す。反応を測定しながら実験を繰り返す、セレンディピティに備える、アンラーニングなど、動態的な行動によって、絶えず続く変化を捉え、択一の溝に嵌まらなくする。