アナロジア AIの次に来るもの

発刊
2023年5月20日
ページ数
384ページ
読了目安
627分
推薦ポイント 6P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

次のAIはアナログの台頭によって進化する
自然界では、デジタルとアナログの両方の情報処理が行われている。今後のテクノロジーは、自然界に学び、アナログを取り入れることで、新たな進化を遂げるとし、AIの次に来るものを示唆している一冊。

人間とマシンのこれまでの歴史を紐解きながら、デジタルとアナログの本質を解き明かし、これからのテクノロジーの進化の方向性に気づきを与えてくれます。

アナログとデジタルの違い

アナログ・コンピューティングとデジタル・コンピューティングの違いは、根本的だが絶対的なものではない。アナログ・コンピューティングは、時間の経過とともに値がなめらかに変化する連続関数を扱う。デジタル・コンピューティングは、ある瞬間と次の瞬間の間に精確に値が変化する離散的な関数を扱う。

自然はデジタル・コードを採用している。代表的な例はDNAの鎖であり、ある世代から次の世代へと受け継がれる命令の保存、変異、エラー訂正を行う。同時に自然はアナログ・コードも採用している。その代表例は脳と神経系で、リアルタイムな情報処理と制御に使われる。ヌクレオチドのコード配列には脳を成長させる命令が保存されているが、脳自体は、デジタル・コンピューターのようにデジタル・コードを保存したり処理するわけではない。

 

デジタル・コンピューターでは、一度に1つのことが起こる。アナログ・コンピューターでは、すべてが同時に起こる。脳は三次元の地図を情報処理する際に、アルゴリズムに従って一歩ずつ一次元的に処理するわけではなく、連続的に処理している。情報は、精確な論理的順序でデジタル的にコード化されてはおらず、パルス周波数として、何がどことつながっているかを表す位相の形式でコード化される。真の機械知能の進化と制御において、テクノロジーは自然を手本にすることになるだろう。

 

生物と非生物の区別は不可能になる

ダーウィンと進化論で対立したサミュエル・バトラーは、生物と非生物を正確に区別することは不可能であり、機械が含まれないような生命の正確な定義をすることは不可能であると結論した。この主張は、当時考えられていたほどには、もはや過激なものではなくなった。自己複製を行う分子は、自らの目的に合わせて世界を形成している。生物を詳しく調べるほど分子機械の働きが見えてくる。また、複雑な技術のシステムを観察するほど、それらが生物のように振る舞っていることがわかる。生物の知能も機械の知能も進化システムである。最適解を見つけようとする自然淘汰の仕組みによって、内部にある現実世界の鏡像モデルを進化させていく。進化システムは、あらゆるところで創発的な知能を使っている。

 

新ダーウィン主義的でない進化の仕組みは、かつて考えられていたよりもはるかに自然に浸透している。非ダーウィン的進化は、今や機械の間にまで展開している。生物の遺伝コードがデジタル・コンピューター内に保存、複製、最適化され、生きた細胞に再分配されているのだ。

私たち自身の知能が個々の細胞レベルの知能に随伴して発生し、超越したように、機械の知能は、確実に人間の知能に随伴して発生し超越する。機械が進化すれば、自己再生産は必然である。一旦始まれば、時計の針を戻そうとしても無駄である。バトラーは「現存する機械の中からの、意識を持つ機械の降臨」を警告している。

 

デジタルの限界とアナログの台頭

デジタル・コンピューターがアルゴリズム、つまり論理的な段階的手続きに依存しているからといって、マシンの知能が論理的な制御のもとに保たれる保証はない。マシンの知能の根底にあるアルゴリズムを見出そうとすることは、無駄なことかもしれない。アルゴリズムの領域をいくら探しても、マシンの真の自律性と知能のしるしを見つけることはできないだろう。

自然界では、神経系と呼ばれるアナログ方式のコンピューターが進化し、世界から収集した情報を統合している。神経系は学習する。自分自身の行動を制御することを学び、自分自身や他の種類の生物の行動を含めて、環境を制御することを学ぶのだ。

 

1878年に超限数のパイオニアのゲオルグ・カントールが初めて立てた「連続体仮説」は、アナログ・コンピューティングとデジタル・コンピューティングはどちらも無限の力を持つが、それぞれがどれだけ進化しても発揮する力は異なることを示唆している。連続体仮説の核心は、連続で数えられない無限と、離散値で数えられる無限の間に中間がなく、本質的な違いがあるという予想だ。

連続体仮説は、生物と非生物の計算方式の違いを説明できる。デジタル・コンピューターが扱うのは、整数、二進数、決定論的論理、離散値的に増えていく理想化された時間だ。アナログ・コンピューターは、実数、非決定論的論理と実世界に連続体として存在する時間を含む連続的関数としての時間を扱う。

デジタル・コンピューターは、どんなに大きく、高速で強力でも、数えられる無限の大きさに制約されている。生物や生物のように動くマシンは、どんなに小さくて些細な物であっても、連続体全体の大きさを持つのだ。

 

これからの時代、連続体(アナログ)の力が機械そのものになる。アナログ部品を使ってデジタル・コンピューターが作られた時と同じように、次の革命はアナログ・システムの台頭であり、デジタルプログラミングの支配が終わりを告げる。プログラム可能な機械によって自然をコントロールする方法を探す人間に対して、自然が教える答えは、プログラム不可能な性質を持つシステムを構築することである。