対話の羅針盤
コーチングには、癒しにならないナラティブもある。話したら癒されると決めてかからずに、癒しになる話し合いを目指さなければならない。
次の4象限「聴き方の羅針盤」は、誰かと会話する時に、共にストーリーをナビゲートするための羅針盤として活用できる。
- 望ましい未来(望ましいもの × 未来)
- 充実した過去(望ましいもの × 過去)
- 辛かった過去(望ましくないもの × 過去)
- 望ましくない未来(望ましくないもの × 未来)
対話によるストーリー作りの基本は「ごく普通の言葉をポジティブに使う」という、シンプルなことである。
目指す方向に進んでいることに気づかせる
コーチングの対話の核心に必ずあるのは、相手が何を望んでいるのか、という問いである。何かの変化を望む人もいれば、維持したいものがあると言う人もいる。対話の相手が、何を望んでいるのか話してくれたら、その望みの内容を突き詰めてみる。そして、対話を通して、取り組むべき課題を満載した計画を打ち出す。
しかし、人は望む結果を手に入れるための計画を詳細に練ったところで、必ずしも奮起するわけではない。自分がなぜ、その結果を望んでいるのか気づいた時に、やる気が湧いてくるケースがほとんどである。ある結果を望む「理由」が明確になると、その結果を導く「手段」に自ずと身が入る。そして、目指す方向に自分は既にこんなに前進したのだと気づく経験を重ねると、充足感も持続する。
コーチやトレーナーに限らず、すべての対話における聴き手の役割は、相手を激励し続けることではない。対話の相手自身が、目指す方向に向かって自分が既に実践している取り組みに気づくよう、そっといざなうのが良い聴き手である。
相手が大切にしていることに関心を寄せる
コーチングとは「目的・可能性・前進のストーリーをキュレートする」こと。「キュレート」という単語の語源は、ラテン語で「大切に扱う、気遣う」という意味の名詞である。大事にしたいストーリーを選び、秩序立てて物語るという行為は、自分自身や周りの人を大切に扱うことを主体的に選択する行為と言える。
対話というものを、望まないストーリーに傷ついた心や、家族のナラティブに縛られている心を癒す体験として位置付ける。そのような癒しの対話は、聴き手が全面的に関心を持って臨んでこそ可能になる。そして、相手の話のどの部分に関心を持つかで、その人自身が注意を向ける先も決まる。対話の相手にとって「何が大切なのか」に関心を持てば、その人を本当に大切なものや夢中になれるものを発見する旅にいざなえる。
どのように進んできたのかを尋ねる
人は仕事などに取り組む時、もっと多くこなしたい、上達したいと思う。10段階評価で表すと10ではなく、6ぐらいと答える。そして、何かが足りないからだと言う。これは「損失」のフレーミング効果である。そう考える人は、10点満点を達成するにはどうすればよいか、計画を練りたいと希望するかもしれない。
この考え方に「待った」をかけるには、どのように6に進んだのかを聞く。すると1でも2でもなく、6だと思う理由を答える。これは「利益」のフレーミング効果である。自分の進歩に目を向けるようになれば、その進歩を促した何かの存在が明確になるかもしれない。
「どうやってここまで来ましたか?」という問いは、その人の生き方のロジックを引き出す。そうしたら、その人が望んでいるもの、大事にしていること、関心を持っているものは何だろう、とじっと耳を傾ければいい。
語り手が最初に語る展望を出発点として捉える
人は未来について語って下さいと言われると、まず間近な未来を語り始める。聴き手は、相手が語る近い未来の展望を、その人が望む終着点だと勘違いして、そこに向かって問題解決に取りかかってしまう。しかし、コーチングでは、その近い未来の展望を、その人が望ましい方向に進む途中にある1つの出発点と考え、そこから道を作り始める。
相手が望ましい未来を想定したら、その人の人生が望ましい状態になった時、その次には何が起こるかもしれないか、想像するようにいざなう。
後悔や不安の陰にある願望を育てる
後悔や不安の陰には必ず、いくばくかの願望が隠れている。その微かな希望をつかまえて注意を払い、大きく育てることが聴き手の仕事である。
そのような対話では、聴き手は、私ならこうするとか、こんな可能性もあるなどと意見を押し付けたりせず、語り手が自分で好きなように「望ましい未来」の展望記憶をつくる。聴き手は、相手が語る「もし◯◯なら実現する」シナリオの立会人の役目を果たせばいい。語り手が自分に「起こり得ること」を想像する過程で、実現につながる経路がいくつも浮かぶ。