科学的な自己啓発
私たちの脳を「人間の脳」としてひとくくりにするのは不可能だ。それぞれが他の誰の脳とも似ていない。そのため、脳をアップグレードするには、個人を対象に設計された科学的な手法を使うことだ。自分に効果があるものを知るには、自分を対象にした実験を行わなければならない。
自己実験では、同じ人が「研究者」と「被験者」の両方の役割をこなす。何かを試し、うまくいかないことを発見し、また別の何かを試し、今度はうまくいくことを発見する。自己実験には自己追跡が必要になる。自己追跡とは、自分の行動や態度を観察して記録すること。例えば、毎晩の睡眠時間を記録し、睡眠時間と翌日の頭脳のパフォーマンスとの間に何らかの関係を見出すかもしれない。
自己実験と自己追跡という手法には「介入」と「A/Bテスト」というテクニックが用いられる。「介入」とは、脳のパフォーマンスを変える時に使う「ツール」のことだ。それは薬かもしれないし、瞑想プログラム、新しい毎日の習慣かもしれない。
自己実験に必要な4つのカギ
「ニューロハッキング」とは、「脳の機能をハックすること」だ。これは「現在の脳の働きを測定する」と「脳の働きをアップグレードする」という2つの行動に分けられる。
ニューロハッキングの自己実験に必要な4つのカギとなる段階には、次の4つがある。
①集中
一度に多くのことを向上させようとすると、時間が1日15分では足りなくなる。このリスクを軽減するには以下の方法がある。
- 目標を決める
- 基準値に関するデータを集める
②選択
自己実験に使う介入を選ぶ。具体的な行動は次の通り。
- 具体的な介入の方法を選ぶ
- 自己実験を選ぶ、あるいは自分でデザインする
③訓練
脳の訓練をする。そのためには手順に沿って実際に介入を行う。
- 手順に沿って決められた時間だけ実施する
- 「ウォッシュアウト期間」をおき、その間もデータを収集する
④反省
基準期間(介入前)、介入期間、ウォッシュアウト期間それぞれのデータを集めて振り返る。
- データをグラフ化する
- データを解析する
- データに基づき、次の行動を決める
メンタルターゲットを決める
脳の能力は大きく4つに分けられる。
- 実行機能:脳の様々な能力を統括する機能。作業記憶、抑制、脳の柔軟性の3つの能力で構成される。
- 情動制御:自分の感情を監視し、評価し、調整する能力。
- 記憶と学習:記憶には「短期記憶」と「長期記憶」、学習には「符号化/貯蔵」「検索」がある。
- 創造性:新しくて役に立つアイデアや創造物を生み出す能力。
これらのどれをターゲットにするかは、次の2つの基準で考えるといい。
- デコボコ:優れた能力と劣った能力の差が他の人に比べて大きい。自分の脳のデコボコを知れば、ボトルネックになっているかもしれない分野や、タスクの完成に必要でも自分には欠けている能力が見つかるかもしれない。
- グラグラ:ある1つの能力のレベルが安定しないこと。不安定さが大きい能力があるなら、それがボトルネックかもしれない。
ボトルネックになっている分野を集中的に対策すれば、より大きなアップグレードの効果が期待できる。
自己実験の介入
以下の介入には、重要な4つの脳の機能を向上させてくれるという科学的な証拠もある。
①意図的なプラセボ
プラセボとは本物の治療や処置のように見えるが、実際には心理的に働いて効果を出す手法のことを指す。プラセボは、報酬系を制御する「ドーパミン」、情動や睡眠、食欲などを制御する「セロトニン」といった脳内の神経伝達物質に働きかける作用がある。自分でプラセボだとわかっていても効果がある。
②運動
運動は手に入る限り最高の認知能力を向上させる介入かもしれない。これまでの研究によると「実行機能」「記憶と学習」「情動制御」「創造性」という4つのメンタルターゲットすべてに効果がある。さらに効果が出るのも早い。1回の運動だけで脳の変化が観察できる。
③ブルーライト
光は脳の覚醒レベルに影響を与える。実験では、ブルーライトはカフェインと同等の効果があることがわかっている。ブルーライトは他の色の光よりも、脳のパフォーマンスを向上させる効果が大きい。1つの研究では、ブルーライトの認知能力を向上させる効果は光を浴びてから40分間は続くとされる。但し、寝る直前にブルーライトは避けること。
④ニューロフィードバック
ニューロフィードバックとは、自分で自分の脳波をコントロールする方法を学ぶテクニックだ。モニターを見ながら指先の体温をコントロールするのと同じように、脳波を見たり、あるいは聞いたりしながらコントロールする。ニューロフィードバックの効果は長続きする。少なくとも、実行機能の向上が持続することは確認されている。