低エネルギーで動くコンピューター
量子コンピューターは、1980年頃から、その実現可能性について論じられてきた。従来のコンピューターとは異なり、量子コンピューターであれば、計算処理に伴って排出される大量の熱エネルギーを理論上、ゼロにできる。古典コンピューターは、電子回路を使って計算処理を行ったり、メモリーに記録している。その度に、使用された電気エネルギーが熱エネルギーとなって排出されている。電子回路や配線は高温になると動作しなくなる上、高熱により、コアと呼ばれる回路ブロックなどが溶けてしまう。そのため、コアを冷却するのに膨大な量の電気が使われている。既存のスーパー・コンピューターを正常に稼働させるには、原子力発電所1基分以上の電力が必要とされており、その電力の大半が、本来の目的である計算処理ではなく、冷却に使われている。
一般に量子コンピューターと言えば、古典コンピューターに比べて計算処理速度が桁違いに速くなることが最も期待されているが、それ以上に重要なのが、非常に低エネルギーで計算処理ができることである。
量子とは
量子とは、原子や分子、電子といった非常に小さな物質やエネルギーの単位のことだ。この世界の物質をどこまでも細かく分解していくと、分子から原子、原子から陽子や中性子、そして、電子、光子などの素粒子に行き着く。そういった極小の世界では、エネルギーは連続的な値ではなく、離散的な不連続な値を取るようになる。これを「量子化」という。
量子コンピューターを実現する上では、量子特有の不可思議な現象が欠かせない。
①重ね合わせ
1個の量子において、複数の状態が同時に存在している、つまり重ね合わさっている現象のことをいう。量子の世界では、粒子性と波動性の二重性が現れる。
②量子もつれ
重ね合わせ状態にある量子が2個以上ある特殊な状態で、その内の1個の量子を観測すると、他の量子にも瞬時に影響が及ぶ状態のことをいう。量子もつての状態にある量子同士は、お互いが遠く離れていても、何らかの形で強い相関を持っており、片方が外部から受けた影響を、もう片方も瞬時に受ける。
量子コンピューター
量子コンピューターで計算処理を行うためには、古典コンピューターで用いる情報単位「ビット」に相当する「量子ビット」が必要になる。量子ビットとは、古典コンピューターで使うビットが「0」と「1」のどちらかで情報を表すのに対し、「0」でもあり「1」でもあるという重ね合わせの状態をもつ。この量子ビットは、複数考案されており、研究機関や企業が独自の量子ビットを開発しようとしのぎを削っている。
量子コンピューターのポイントは、重ね合わせと量子もつれを使って、量子アルゴリズムに基づき、計算処理を行うことにある。n量子ビットの計算では、2n乗通りの場合を同時に実行し、その中から正解を求める。
量子コンピューターの実現が難しい最大の要因は、周囲の環境に対して非常にデリケートであることだ。つまり量子の重ね合わせ状態が壊れやすいという問題である。量子コンピューターは、重ね合わせ状態と量子もつれという特有の現象を利用することで、超並列計算処理を行う。そのため、計算処理中はそれらの状態が壊れないようにしなければならない。そうなると正しい答えを得るためには、計算処理時間をデコヒーレンスするまでの時間よりも短くする必要がある。しかし、重ね合わせの状態は、熱などの外乱によって容易に壊れてしまうため、それを防ぎきることはとても難しいのだ。
こうした問題に対しては、重ね合わせの状態が壊れたことによって生じるエラーをいかに訂正するか「量子誤り訂正」の実現が最重要課題の1つとなってくる。
量子コンピューターを実用化レベルにするためには、数百万量子ビット以上が必要とされており、実現までの道のりはかなり遠いと言わざるを得ない状況だ。