『「世界で戦える人材」の条件』の著者 渥美育子さんに聞く『日本がグローバル化するためには何が必要か?』(後編)

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−−−−うまくグローバル化に対応できている企業はないのでしょうか?

3年ぐらい前から急にグローバル化に対応し始めた企業が出てきています。外から見ると20年遅れていますが、これは良い傾向です。

たとえば、日立製作所。米国の子会社のトップで国際的な競争の中で経営をやってきた人が社長になられたことで、世界を俯瞰したグローバル経営に向かっています。

ファーストリテイリングの柳井氏も、本当のグローバル人材と呼べるでしょう。彼の考え方、経営の仕方は、まさにグローバルリーダー型です。但し、柳井氏はスピーディにグローバル化を進めようとして、国内にしわ寄せがきていますよね。グローバル人材育成の初期段階ですから、急激に世界標準でいこうとすると苦しい状況になりかねません。

日立製作所もユニクロも、「世界社員」という考え方で人材を平等に見て、人事データベースを一元化していこうとしています。これは世界市場を土俵にすれば必然的な動きです。それをやっていかないと競争にならない。

たとえば、「ある国に店を出そう」「中東から案件がでてきた」といった場合、これに適材適所の人材はどこにいるのか、最大の付加価値をつけられる人は誰なのか、といったことを世界社員の中から選ぶ。人材がいなければ、事業提携を考えるか、M&Aも視野にいれる。

そういうグローバルな視野・発想で戦略を考え、実行していく人、つまりグローバル人材を増やしていかないと太刀打ちできません。

−−−−ユニクロの柳井さんは、なぜグローバル人材と呼べる能力を身につけることができたのでしょうか?

柳井さんのビジョンが「衣服でコカ・コーラのようなブランドを作りたい」という具体的なものであり、世界のあらゆるビジネス戦略の書籍を読むことによって、そこからグローバル企業構築の共通の原理・原則を把握し、実践していったからだと思います。

−−−−グローバル人材になるためには、何が必要でしょうか?

子ども時代からグローバル教育を受けることです。グローバル人材になるためには、世界全体としっかり向き合う環境と、大きな「心の器」が必要となります。最大の器を作っておいて、そこに重要な知識を入れていく。心の器が小さいと、良い情報がきてもダイナミックに調理できません。

現在の日本の教育は、断片的な知識の寄せ集めで、各々の小さい箱の中で点数を取るようになっています。しかし、これでは世界全体をダイナミックに理解して、自分のユニークさを大きく開花させることはできません。これに“俯瞰の視点”をもって人間がやってきたこと全体や、世界状況を把握する「グローバル教育」という横くしを通すことで、見えないものが見えるようになり、現状を変革しうる絶大な力を持つことができるのです。

−−−−20〜40代の心の器が固まってしまった人はどうすればいいでしょうか?

3つあります。1つは、衝撃を受けることです。カルロス・ゴーンがルノーから日産自動車に来たとき、一番初めにしたのは社員全員と危機感を共有することでした。危機感がない人は変われないのです。

危機感を共有するには、自分と世界がつながらなければならない。世界で何が起きているのかを理解すればするほど、このままではいけないと思う。

2つ目は、こうしたいと思ったら、命懸けでコミットしていくような人間になること。人間の価値は何にコミットして行動していくかにかかっています。言うだけで終わらないことです。

3つ目は、小さいことでもいいので、自分を超えるようなこと、たとえば日本にプラスになるようなことをすることです。大抵の人はお金を貯めて自分のことばかり考えていますが、これは非常に残念です。

日本の大企業の多くでは、今のままでも給料やボーナスが酸素マスクのように下りてくる。だから、飛行機そのものがどうなっていくかといった日本全体についての危機感が足りない。そういう人たちを揺さぶらないといけないですね。

−−−−グローバル人材になるために「マトリックス思考」の重要性を説かれています。

マトリックス思考とは、正反対の価値を持つ軸を同時に指標として使うことです。つまり、物事の価値を右か左か、天か地かという二元的発想で捉えるのではなく、相反する価値の共存という形をとりながら、全体最適で物事を考える。地球を俯瞰すると、この考え方でしか全員が共存できないことがわかります。

日本は「合わせる文化」を持っています。上司に合わせる、配偶者に合わせる、会社に合わせる。だから、自分のアイデンティティがなくなってしまい、軸がない人が多い。あるいは人間関係という軸しか持っていない。外から見ると、こんなに危険な国はありません。軸が1つしかないと、右に偏るか左に偏るかしかない危ない国にみえてしまう。

日本が1つの軸しか持っていない事例として、国際テロ事件がわかりやすい。日本ではテロ事件が起きると何が何でも「人命尊重」と叫ぶ。とにかくお金をわたしてでもいいから、人命を優先して欲しいという。

人命を尊重すべきなのは、どこの国もわかっているのです。しかし、グローバル時代には、人命尊重という1つの軸では問題解決しない。テロの抑止という軸も持たなければ、テロ事件はいつまでも繰り返されてしまう。

だから世界では、正反対の軸を設定して、全体最適の形にする方向に考え方が変わってきている。人命尊重とテロの抑止という2つの軸を見据え、刻々と変わっていく状況の中で最適化していく。

また、歴史認識という問題でも、日本は1つの軸しか持っていないことがわかります。第二次世界大戦についても、日本は原爆の犠牲者だという点を強調する。しかし、欧米から見ると、日本は太平洋戦争を始めた加害者だという歴史認識も持っている。日本には2つの軸を持つ視点が欠けているのです。

繰り返しになりますが、世界を俯瞰すると二元的発想は時代遅れだということがよくわかります。だから、正反対の軸を設定して、マトリックスで考えるしかない。これがグローバル時代の考え方であり、ベストな対処方法なのです。日本も一流の国際プレイヤーになるためには、2つの軸をしっかりもち、全体最適することをやっていかないといけない。

−−−−マトリックス思考を持てるかどうかは、教育によるところが大きいのでしょうか?

米国では2001年9月の同時多発テロによって、今の教育ではダメだと危機感をもちました。これまでの米国を中心とした価値観だけでは世界で生き残っていけないと。そうして、いち早くグローバル教育を取り入れることになりました。

日本人の中には「米国にもグローバルでない人はたくさんいる」という人がいますが、そういう何のメリットもない発想は今後やめてほしい。日本人が率先して時代をリードする方法を考えてほしいと思うのです。

グローバル時代に大切なのは全体を視ること。日本も人間関係だけの軸では世界でやっていけないことを自覚して、グローバル教育を取り入れていかなければなりません。今こそ、これまでの「受け身」姿勢をひっくりかえせる時なのです。
「世界で戦える人材」の条件

■著者情報

渥美 育子 (あつみ いくこ)

社団法人グローバル教育研究所理事長、株式会社グローバル教育社長

青山学院大学助教授を経て、ハーバード大学研究員となる。1983年にボストン郊外で米国初の異文化マネジメント研修会社を設立。
「タイム」誌に紹介されるなど一躍話題となり、数多くのグローバル企業で人材育成や世界市場戦略策定を担当。
2007年に帰国後は、多くの日本の大企業においてグローバル人材教育を担当する一方、子どものグローバル教育の普及にも尽力している。

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